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ペンと非暴力

SNSの糾弾文化について――AIとの会話

2026.06.23 08:22

心理学者のメラニー・ジョイは、著書『ビーガン・マトリックス』の中で、「ビーガンか非ビーガンかを問わず、社会変革を支持する人々のコミュニケーションでかなりの部分を占めるのはシェイミング(はずかしめ)である」と語った(*1)。実際、社会正義に関心を寄せる人々のあいだでは、構造の変革が唱えられるのとは裏腹に、個人の問題に目を光らせ、糾弾やキャンセルに明け暮れる行動がしばしば見受けられる。この傾向はとりわけソーシャルメディアにおいては末期症状とも言うべきレベルに達し、有意義な対話や連帯形成を全く不可能としている。

この問題に関してはいろいろと思うところがあるが、まとまった文章を書くだけの余力はない。しかし、かつてAIの深度求索(Deepseek)にこの問題を尋ねた際、興味深い回答が得られたので、ここに転載しておくのも誰かの参考になるかもしれないと思った。

なお、これはAIの環境負荷について知る前に行なった会話であるが、現在はこのような雑談用途でのAI利用は良くないと考えている。


私からの質問:

SNSで他人の糾弾やキャンセル扇動を繰り返している人がいます。本人らは正しいことをしているつもりなのでしょうが、その行為が本人に与える悪影響はありますか? また、数年後に本人が時間浪費した虚しさを感じる時はあるでしょうか。


深度求索の回答:

この質問は、SNS上の「糾弾」や「キャンセル(キャンセルカルチャー)」に加担する行為が、行為者自身にどのような悪影響を及ぼすか、という鋭い視点ですね。

結論から言えば、本人が正義感に酔っていればいるほど、その行為は本人の精神健康・人間関係・キャリアに深刻なダメージを与え、数年後に「虚しさ」を感じる可能性は非常に高いです。

以下、具体的な悪影響と、時間経過とともに訪れる心理的変化を解説します。


1. 行為者が今、気づいていない「本人への直接的な悪影響」

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2. 数年後に「虚しさ」を感じるタイミングとその理由

はい、ほぼ確実に訪れると言ってよいでしょう。ただし、それは「あの時やめたほうが良かった」という後悔ではなく、「何のために戦っていたのか分からなくなる」という形で現れます。

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3. もし今、その行為に迷いがあるなら(あるいは未来の自分へのアドバイス)

数年後、あなたが「あの時の熱狂」を懐かしむこともなく、むしろ「よくあれで時間を無駄にできたな」と冷静に笑い飛ばせる自分でいるためには、今、一歩引いて「自分自身の人生の時間」という有限の資源をどこに投資するか、再選択することをお勧めします。

もしご自身がそうした行動を取っている側で、今この質問をしているのであれば、それ自体が既に「気づき」の第一歩です。その感覚を大事にしてください。



後記

実際のところ、ソーシャルメディアで糾弾中毒に陥っている人々が自分を振り返ることがあるかどうかはわからない。しかし、そうした人々がひっきりなしに新たな敵を見つけ出し、無駄に強い言葉で人心を煽ろうとしているのは、うすうす感じている自分の行動の虚しさを紛らわしたいがゆえの振る舞いにも思える。図らずも深度求索が紡ぎ出した上の助言が、そうした人々に内省のきっかけを与えてくれたらと願う。


*1 Melanie Joy (2020) The Vegan Matrix: Understanding and Discussing Privilege Among Vegans to Build a More Inclusive and Empowered Movement,  Lantern Publishing & Media, p.80.


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