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「宇田川源流」【日本万歳!】 恒例になった日本ロッカーと日本サポーターの「立つ鳥跡を濁さず」

2026.06.28 22:00

「宇田川源流」【日本万歳!】 恒例になった日本ロッカーと日本サポーターの「立つ鳥跡を濁さず」


 毎週月曜日は「日本万歳!」をお届けしている。日本人のすばらしさや、日本人を称賛している記事などを見つけ、その内容を皆さんに紹介し、そのうえで、皆さんの毎日の行動に、日本人としての誇りを持っていただくということを目的にして、記事の連載を行っている。

 日本人のすばらしさというのはいったい何であろうかということを考えたことがあるだろうか。実際に、様々なところがあげられると思うであろう。「規律の正しさ」や「まじめさ」「勤勉さ」などから「やさしさ」なども挙げられる。もちろんこのようなことを書くと、「そうはない」という例を挙げて反論する人がいるが、逆に、わざわざ希少な例を挙げて反論しなければならないほど、そのような特性がしっかりと日本人の中に根付いているということになるのではないか。ここに書いたような中で「箸にも棒にも掛からぬ」というような特性を挙げているとすれば、そのような例を挙げるまでもなく、特性の中にはないというようなことになり、多くの人から反論が来るに違いないのであるが、そのようなことにはなっていないのである。

 さて、そのような特性もあるが、あえて今回は「清潔さ」ということと「日本人の同じレベルである」というようなことを挙げてみたいと思う。

 日本人のすばらしさの中に「清潔さ」を入れることは特にそうではないというように思う人も少なくないのかもしれない。しかし、本当に日本は海外のどの都市に比べても清潔であるという気がする。もちろん清潔であるということは「水がきれい」ということもあるし「きれい好き」という性質もあるのではないかという気がしないでもない。しかし、そのような特性が、同時に「同じような価値観を持っている日本人が多い」ということがあげられるのではないか。

 その最たる例が、日本のワールドカップなどでのサッカーのロッカーそして観客のマナーではないか。

<参考記事>

日本が帰ったW杯ロッカーにメキシコ敬意「来た時よりキレイ」 折り鶴2羽添え「本当にありがとう」ホワイトボードにメッセージ

2026年6月21日 23時24分 THE ANSWER

https://news.livedoor.com/article/detail/31616210/?from_page=topics

<以上参考記事>

 日本人はなぜ清潔なのかということを考えたことがある。どこかの神社の機関紙のコラムであったが、「日本の神様は非常に清潔好きであり、そもそも清潔でなければ供え物を受け付けないし、禊をして、お祓いをした後でなければ神事が始まらない」」ということが書いてあった。実際に、我々は、コロナウイスウル禍の時は別にして、そうでなければ、神社にお参りするときにはまずは手を洗い、口を漱いで身をきれいにしてからお参りをする。もちろん小さいころに習っているのであるが、そのような習慣になっているということが重要なのである。外国人などであっても「掃除をすること」「清潔に保つこと」などは、一度は習っているに違いないが、それが習慣化していないので、汚い状態になってしまうのではないか。

 さて、それが「当然にあとで掃除をしてくれる」人々であるはずのサッカー選手がそのロッカーをを掃除し、そのうえ折り鶴までおいて感謝のメッセージを残していたらどうであろうか。もちろん掃除をする人はそのような状態であっても掃除をするのであろうし、また、もしかしたら日本の選手がやったことでは不十分であったのかもしれない(ワールドカップの掃除の基準がわからないので何とも言いようがない)。しかし、その内容に関して、「掃除をする人の身になって考える」ということと、「次の人のために、きれいに使う」ということ、つまり、すでに使っているときから「掃除をすることなどを考えてきれいに使う」ということが習慣づいているのではないか。

 同時に、それが一部の人がやったというのではなく、選手全体が、つまり日本の代表がチームとして、そのような状況になっていたということが最も素晴らしいこと、つまり「日本人のレベルが同じ」であるということなのである。傑出した一人がすべてをやっているのではなく、そのチーム全体が行っているということが、もうひとつの素晴らしさではないか。

 もちろん中には掃除が苦手な人もいるであろうし、また、さぼっている人などもいたかもしれない(いないと信じてはいるが)。しかし、チームトータルで、もしもそのような人がいたとしても、それを他の人がフォローして、全体としてきれいにするということが最も素晴らしいのではないかと思うのである。そしてそのようなことが意思疎通でき、チーム全体でできるということが日本のすばらしさであり、同時にその強さなのである。

 そのような「掃除」がいつの間にか日本のワールドカップでの「恒例」になっているサッカーの勝負が強いか弱いか、ということではなく、やはり気持ちよく勝負をすることができるかできないかということになれば、当然に日本のすばらしさが出る。今頃になって、日本の国内で「掃除をすると掃除を担当する人の仕事を奪うことになる」などということをいう人がいるが、それは、日本のすばらしさを消すことになるのではないか。そのようなことを主張をする人々は、本当に日本人なのか、非常に強く疑問に思うものである。日本の素晴らしさ、日本の強さ、これがわかっている人こそが、日本の本当のすばらしさをわかるということではないか。