え、世界でしょ?
コーチングって、結局何をしてくれるの? AIじゃダメなの? そんな疑問を持つ人が増えている気がする。
なぜだろう? 考えてみた。
コーチングを「考えを整理する」「短期的にモチベーションを上げる」という言葉の範囲で捉えていると、たしかにAIで代替できてしまう。そう思うのは当然だ。 でも私は、そう思ったことが一度もない。 私自身、その定義の薄さに気づかされた体験がある。
半年ほど前、ある会社から提携コーチの提案をもらい、20分のトライアルセッションをした。正直、合格を疑っていなかった。自分は優秀なコーチだという自負があったから。 1週間後に届いたのは、ひどいレビューと「不合格」の通知だった。 そのレビューは、おそらくAIが書いたものだった。
こたえた。
その時、信頼するマイ・コーチにコーチングを受けた。何を話したか、何を言われたか、もう覚えていない。でも、セッションが終わった時に「私は正しい方向を向いている」と思えた。それだけは、はっきり覚えている。
そこで気づいた。その会社が求めていたのは、言葉で整理し、言葉でモチベーションを上げるコーチだった。私がやってきたこととは、根本的に違う。
だったら、不合格でいい。
コーチングは、言葉の外にある。 身体と五感を使って、相手が今感じていることを、まさしく共に体験する。何を言われたかより、何を感じたかが残る。あの時そう実感した。
人が本当に必要としているのは、「答え」じゃない。 そして、AIはその人の枠の外には出してくれない。 AIは、聞かれたことに答えてくれる。こちらが思いもしなかった視点を返してくれることもある。 でも、その人の可能性を信じているわけではない。
「日本市場でどう勝つか」と問えば、精緻な最適解を返してくれる。けれど私は、ときどきこう返す。
「え、世界でしょ?」
根拠があるからではない。 その人には、まだ本人が見ていない力があると思っているからだ。 本人がまだ自分に許していない大きさを、当たり前のように差し出す。それは、情報や分析からではなく、人と人との関係の中で起きる。
答えに詰まった時じゃない。自分が自分を信じられなくなった時に、コーチングは一番効く。 自分を信じられなくなった時、言葉じゃなくて、体ごと「大丈夫だ」と思えた瞬間がある。それがコーチングだった。そんな瞬間を、必要としている人がいると思っている。