「民族団結進歩促進法」で何が変わる?民族政策は過去の歴史に学ぶべき
習近平の中国は7月1日から「民族団結進歩促進法」を施行した。第1条で、この法律の目的を、次のように掲げている。
「民族の団結と進歩を促進し、中華民族共同体意識を確固たるものとし、中華民族共同体の建設を推進し、中華民族の偉大な復興の実現を促進するため、憲法に基づき、本法を制定する」
そして最終条文である第63条では、この法律の域外適用を宣言する。
「中華人民共和国の域外の組織または個人が、中華人民共和国に対して民族の団結と進歩を破壊し、民族を分裂させる行為を行った場合、法律に従って法的責任を追及する」
台湾はもちろん、日本を含む外国の団体や個人にも、この法律を適用するという姿勢には反発と警戒感が強い。
<中華民族の団結のためには中国共産党の存在は不可欠!?>
ところで、この法律には「序言」として前文が置かれ、次のような美辞麗句が並ぶ。
「中国は世界で最も長い歴史を持つ国であり、中華民族は5000年以上にわたる文明をもつ偉大な民族である。中国の各民族は、長きにわたる交流と融合を経て、祖国の広大な領土を共に切り開き、統一された多民族国家を築き、中国の輝かしい歴史を刻み、燦爛と輝く中国文化を創造し、偉大な民族精神を育み、心情的な絆で結ばれた「運命共同体」を形成してきた。」
「中国共産党は労働者階級の先峰隊であると同時に、中華民族の先兵でもあり、常に中国人民の幸福と中華民族の復興を謀ることを建党の使命としてきた。党は各民族人民を団結させ、各民族が真に平等な政治的権利を獲得し、ともに国家の主人となることを実現した。また、各民族間の団結、共同の闘い、共同の繁栄を促進し、民族問題を解決するための中国の特色ある正しい道を創造的に切り開き、歴史的な変革をもたらした。」
長々と引用したが、要するに「中華民族」の団結のためには、中国共産党の存在とその「領導」が不可欠であり、台湾の人々を含め中国人以外の人々も、こうした中国共産党の方針に黙々と付き従えと命令しているのである。
また中国共産党の役割について、第2条では「民族の団結と進歩の事業は、中国共産党の全面的な指導を堅持し、中国の特色ある社会主義という偉大な旗を高く掲げ、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、(江沢民の)「三つの代表」、(胡錦濤の)科学的発展観、習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想を全面的に貫徹し、各民族が団結して奮闘するための共通の思想的・政治的基盤を強固にし、中国の特色ある民族問題解決の正しい道を揺るぎなく歩み、強国の建設と民族の復興に向けて力を結集する」とある。
<いまだにマルクス主義と毛沢東思想に頼らざるを得ない習政権>
ところで、習近平は7月1日に行われた中国共産党成立105周年慶祝大会での演説でも「105年にわたる絶え間ない闘争は、マルクス主義の強靭な生命力を実証してきた。わが党は、マルクス主義の基本原理を中国の具体的現実および優れた伝統文化と結びつけることを堅持し、マルクス主義の中国化と時代への適応を絶えず推進してきた。その過程で、毛沢東思想をはじめ(習近平の)「新時代の中国の特色ある社会主義思想」などを形成し、マルクス主義を大きく豊かにし、発展させてきた。今日、中国の特色ある社会主義の事業が旺盛な活力を示していることは、マルクス主義の科学性と真理性を十分に裏付け、マルクス主義の“人民性”?と実践性を十分に示し、さらにはその開放性と“時代性”?を十分に際立たせている。」
<新華網(2026年7月1日)「在庆祝中国共产党成立105周年大会上的讲话」>
客観的に見て、すでに価値を失って久しいマルクス・レーニン主義や毛沢東思想をいまだに持ち上げ、それに頼らざるを得ないのが中国共産党の宿痾であることをよく示している。こうした中国共産党の政策に、台湾人や海外で暮らすチベット人やウイグル人、モンゴル人、それにわれわれ日本人までもが、なぜ付き合う必要があるのか?習近平政権は納得できる説明義務を果たしていない。
<海外在住のウイグル人や香港人が感じる「越境迫害」の恐怖>
「民族団結進歩促進法」の施行に合わせて7月1日に東京都内で行った記者会見で、日本ウイグル協会のレテプ・アフメット会長は「中国共産党が気に入らない言論活動そのものが犯罪とされ、精神的な圧力だけでなく、身体的・物理的な「越境迫害」の恐れが高まる」との認識を示し、「自分の誇りをすべて捨てて中国人になるか。犯罪者扱いをされて刑務所行に行くか。どっちを選んでも地獄だ」と語った。
南モンゴル(内モンゴル自治区)評議会の共同代表は「南モンゴルでは70年以上にわたり、弾圧と虐殺が繰り返されてきた。文化だけでも残したいと願ってきた人々の希望さえ失われようとしている。一つの民族の歴史やアイデンティティーを消し去り、その上に別の価値観を植え付けることは、その民族を滅ぼすことに等しい」と強調した。
さらに香港民主活動団体の代表理事は「海外に住む私たちを国家の手足として利用し、仲間を監視し、黙らせる役割を負わせようとしている。これは香港人やチベット人だけの問題ではない。外国政府が日本に住む人々まで自らの支配対象とすることは、日本への挑戦でもある。目をそらさないでほしい」と訴えた。
<産経新聞2026/7/2「誇り捨てるか、刑務所か」ウイグル、香港、南モンゴル、チベット活動家「どちらも地獄」>
<法律がもたらす具体的な変化とは:言語教育・メディア・家庭教育>
それでは「民族団結進歩促進法」の施行により、具体的には何が変わるのか?
第15条では「国は、国家通用言語と文字を全面的に推進・普及させる。いかなる組織または個人も、国民通用言語と文字を学習し、使用することを妨げてはならない。就学前児童による普通話(プートンホワ)の学習を推進し、義務教育を修了する青少年が国家共通の言語・文字を基本的に習得していることを確保する」としている。ここでいう「国家通用言語」とは普通話(プートンホワ)つまり標準中国語のことで、これを就学前の幼児から教え、義務教育が終わる時点では完全に習得することを義務づけている。
同じく第15条では、「国家機関、社会団体、企業、事業単位、その他の社会組織が、公共の場において国家通用言語・文字と少数民族の言語・文字を併用する必要がある場合は、配置や順序などにおいて、国家通用言語・文字を際立たせるようにしなければならない」とし、少数民族の言語より標準中国語を目立たせ、優先するよう定めている。新疆ウイグルの現地からの報道では、建物や看板などからウイグル文字の表記を消す動きが進んでいるという。言語を奪うことは、民族のアイデンティティーとともに文化・伝統を奪うことであり、まさに文化的ジェノサイドに当たる。
第19条では「新聞、ラジオ、テレビなど報道メディアと出版事業者、およびインターネットサービスプロバイダーは、中華民族の強固な共同体意識の醸成と、中華民族共同体の建設に関する宣伝と報道を推進し、その成果を展示する工作を展開しなければならない」として、メディアの責任に言及し、第20条では「各級人民政府は、中華民族の共同体意識を強固にするという要請を、家庭づくり、家庭教育、および家風の醸成に組み込むことを推進しなければならない。未成年者の父母その他の保護者は、法に基づき家庭教育の責任を履行しなければならない。」とし、民族団結の促進を家庭教育の中に持ち込むことを義務づけている。
<宗教の中国化と香港・マカオ・台湾の帰属意識の強化>
第46条では「宗教団体、宗教教育施設、および宗教の活動拠点では、中華民族の強固な共同体意識の醸成に関する広報・教育を行い、宗教の中国化という方向性を堅持し、宗教が社会主義社会に適応するよう導くとともに、宗教教育関係者や信徒大衆が愛国主義の伝統を宣揚し、民族の和睦、宗教間の調和、および社会の和諧を促進するよう指導しなければならない」とし、宗教の中国化、社会主義化という習近平政権の政策を鮮明にしている。
第21条では、香港・マカオ・台湾について言及し、香港・マカオの特別行政区では「中華民族の歴史や文化、国情に関する教育を行うことを支援し、香港・マカオの同胞が国家の主権、安全、発展の利益を自覚的に守るよう導く」とした。
また台湾については「台湾海峡両岸の経済・文化交流と協力を推進し、各分野における融合的発展を深化させ、台湾同胞の中華民族に対する帰属感、アイデンティティー(认同感)、および栄誉感を増進させる。また、両岸の同胞が共に中華文化を継承・発揚することを推進し、同じ中華民族に属し、ともに中国人であるという認識を強化する」とあるが、お題目を唱えただけで、台湾を中華民族のもとに引き込めるのであれば、これほど簡単なことはない。それこそ「お手並み拝見」である。
<「羈縻政策」や「胡漢一体体制」―同化ではなく共存>
長くなるが、ここからが本題である。民族の融合と団結を語るなら、中国の政権は自分たちの歴史から深く学ぶべきである。
中国の歴史には、つねに遊牧民が深く関わってきた。前漢の時代から北方の匈奴とどう向き合うかが、中国の外交政策の大きな課題だった。3世紀から地球規模の寒冷化が進み、民族の大移動が大陸の東端と西端で発生する。4~5世紀のゲルマン民族の大移動はカスピ海北方の草原にいたフン族が西に移動したのがきっかけだが、そのフン族はかつて後漢の和帝の時代にモンゴル高原を追われた北匈奴だったと見られている。寒冷化という気候変動で、後漢末の人口はそれ以前の10分の1まで減少したといわれる過酷な時代だったが、そのころ北方の遊牧民は盛んに南下し、軍閥化した胡族が群雄割拠した五胡十六国時代には、華北では「胡漢雑居」とも呼ばれる遊牧民との融合が進んだ。
その後、華北を統一した北魏や全国を統一した隋や唐も、鮮卑族をルーツとする遊牧民の王朝だった。唐王朝の宮廷ではペルシャ系のソグド人やウイグル人、それに吐蕃(チベット人)らが活躍し、影響力を行使した。それは「胡漢一体体制」と呼ばれ、武略にすぐれた胡と文化にすぐれた漢が共存する体制は10世紀の五代十国の時代まで続いた。
そして唐の第3代高宗の時代、突厥を征服し、百済や高句麗も滅ぼし版図を拡大させた。急激に勢力圏を広げても、唐がその統治に成功したのは、征服地を唐の行政下に組み込んでも、実際の統治は現地の有力者に任せるという「羈縻(きび)政策」をとったからだといわれる。羈縻の「羈」とは馬の手綱、「縻」とは牛の引綱のことで、「羈縻政策とは、中国が周辺諸民族に対し、牛馬を綱で操るがごとく支配した懐柔策のことである。即ち、中国側は、周辺諸民族の既存の政治制度や社会形態、経済形態などを破壊することなく、かれら異民族の風俗や習慣を容認し、その有力者に自治を委ねて間接的な統治を行った」(『中国華南民族社会史研究』岡田宏二著 汲古書院1993年 6頁)。
この政策は歴代王朝に引き継がれ、唐代や宋代には、征服した民族の首長を都督や都護として長官に任じ世襲的に統治を任せる「羈縻州制」として、また元や明の時代には土着の有力者に官職を与える「土司制度」として確立していった。
<中国に経済発展をもたらしたのは遊牧民やソグド人だった>
ところで、遊牧民というと、騎馬戦術を駆使し強大な武力を誇る民族というイメージが先行するが、交易や商業にもすぐれた才能を発揮した人々でもあった。遊牧民は食料が足りなければ農耕民から一方的に奪えばいいと考えていたわけではなく、平和な時代にはきちんと交易し、必要なものを手に入れていた。
唐が服属させた突厥は中央アジアに交易ルートをもち、シルクロードの一大商業圏を掌握していた。なかでもイラン系商業民のソグド人の経済力は巨大で、彼らが唐の繁栄を支え、首都長安を中心に当時の中国の経済界を掌握していた。ウイグルもソグド商人と結びつくことで、中央アジアの交易路とオアシス国家群を押さえ、大きな勢力を築くことになる。
そして、唐は胡漢一体体制を敷くことで、「ソグド人のもつ巨大な経済力を利用し経済的にも軍事的にも発展を遂げた。北の突厥や西のソグド人などを包括した大帝国に発展した。胡漢一体体制の本拠となった首都長安では、華やかな商業と文化が栄え、東西の往来が盛んになったことで、ゾロアスター教やマニ教、ネストリウス派キリスト教などさまざまな宗教が持ち込まれ、「胡食」「胡服」が流行り、衣服はもとより、音楽や舞踊も「胡」色に染まり、唐代のファッションはすべてソグド・イラン系一色だった」といわれ、「リアルな唐王朝とは、西方のエキゾティズムに染まった、およそ中国らしからぬ世界だった」はずだという。(『教養として「中国史」の読み方』岡本隆司著 PHP文庫2025年223頁)
かれら遊牧民は経済的にも政治的にも合理的なシステムを作り出すのにすぐれていた。ユーラシア大陸を駆け巡ったモンゴル人の帝国が、信用経済の最初となる兌換紙幣をつくり、現代の通信交通ネットワークの先駆けとなる駅伝制を作ったことはよく知られる。「モンゴル帝国は遊牧民の帝国というより、モンゴル・トルコ系の遊牧軍事力とイラン・イスラム系の商業経済力が中央ユーラシアの草原オアシス地帯で融合し、一体化した政権」(同上234頁)だといわれる。
<異民族の交流があったからこそ文明の飛躍に繋がった>
以上のような歴史から読み取れることは、互いに特性の異なる異民族をただ一つに同化させるのではなく、その特性をうまく活かして利用することが、その国の発展につながり、社会のシステムを変更して次の発展や飛躍につなげるためには、そうした文化的背景を異にした人々の声や発想に謙虚に耳を傾け学ぶ必要があるということだ。
10年ほど前、新疆ウイグルのウルムチを訪れ、新疆自治区博物館を見学したとき、「前言」と記した館内の最初の説明文が印象に残った。そこには以下のような文章が誇らしげに書かれていた。
「かつて西域と呼ばれた新疆はシルクロードの中心であり、世界4大文化圏が融合する坩堝(るつぼ)でもあった。新疆は多民族が共存し、さまざまな宗教が並存し、多元的な文化が一体となった地域である。考古学的発見が示すように、新疆における人類の活動は5万年まえの旧石器時代にまで遡り、青銅器時代から鉄器時代初期にかけて、この地に暮らす多くの民族はユーラシア草原回廊を通じて、東西文明と広範かつ深いつながりを築いた。漢代にシルクロードが開通し、西域都護府が設立されると、西域の歴史は祖国と呼吸を同じくし命運を共にする新たな時代に入った。この悠久な歴史のなかで、西域の先住民は団結し協力し、労働と知恵を出し合って独自の文化を築き、発展してきた」。
今もこの「前言」は新疆博物館にそのまま展示されているのだろうか?今回の「民族団結進歩促進法」の趣旨とは、だいぶ様子が違うように思われる。
<習近平政権が抱える不安と焦り>
「民族団結進歩促進法」をみて感じるのは、習近平政権の自信の無さである。何かに怯え、おどおどし、びくついているといった雰囲気さえ感じる。国民の中華民族への帰属感を強め、少数民族に対する統制を強化しなければ、中国共産党政権の命運は保てないと思っているのだろうか。この法律の域外適用をちらつかせるのは、海外にいる香港人やウイグル人、チベット人などの活動を抑圧し、かれらを支援する世界の人々に対する威嚇に他ならない。この法律が台湾人も対象に含めていることは、何より台湾独立の動きをけん制するためだ。
中国共産党の価値観をすべてに優先するという思想を海外にまで強制しようという動きは、中国国内の少数民族の人たちの反感を買い、中国人に対する外国人の警戒感を強めるだけではないか。
歴史が示すのは「共存の知恵」であり、同化の強制ではない。中国は歴史的に、多民族の共存によって繁栄してきた。その事実を無視し、同化を強制する現在の政策は、中国自身の歴史的成功モデルと矛盾している。
「民族団結進歩促進法」は、中国共産党の不安と焦りを映し出す鏡である。