寝顔
形だけなら手本の通り、とは勝手な思い込み。自ら見えぬは寝顔のみならず。他人が撮りし動画に知る現実。己のスイングって、こんなにカッコ悪いんだ。ゴルフに学ぶは謙虚さ。自ら思うほどに大したことなく。
聞くに堪えぬ、見るに忍びぬ、語るに落ちる、の三拍子と知れど、世に物好きもいるとみえて。質問後に某所にて居合わせし御仁や市の退職者なれど私に向かって一言、「今回も媚びてたな」。
媚びは否定せぬ、が、「も」は余計か。自らの拙い質問を聞いてもらわんとの謙虚さあって然るべきも現実や、わが質問こそ他に勝る、なる自惚れ。内容以上に人柄あらわれ。同期のHセンセイなんぞ好例。その機知というかユーモアこそが当人をより魅力的な存在に。
よもや、テレビ局の回し者なんてことは。質問のマクラとなりしは朝の連ドラ、夜の大河であり。ともに共通するは「兄弟」。どちらもが主役。市議と役人は兄弟が如き間柄ゆえ色よき答弁を、と始まりし質問。
職場にあって今や彼らなくしては仕事が回らぬ。多様な生活様式に好んで選択する向きもあるやもしれぬ、が、その割安感は雇用主側にとっても都合がよかったりもするもので、好まざるとそうせざるを得なき方々とて。とするに正規と同等とはいかぬまでもせめて。
会計年度任用職員の処遇改善を求めるは大事な視点であり、私とて大いにエールをおくるものなれど、対する答弁や「国の動向を注視しつつ云々」と。兄弟とは思えぬ薄情な答弁と再考を求めずとも、そこへの気遣い見せる人柄にこそ人は集まり。
そう、消費税は下がれども上がるはそちら。ましてや来春とあらば雌雄決する一戦が待ち受けるだけに、自ら墓穴を掘らずとも、なんて。党利党略、私利私欲、それぞれの思惑が錯綜する中に幕開けの劇場。媚び専門の市議の命運やいかに。口火切るはやはり同期のIセンセイ。在位二十年ともなれば個性も際立ち。舌鋒鋭く突く矛盾。
多摩川と鶴見川に挟まれし本市の水道の歴史や百年。高きから低きに流れるが自然の摂理。相模湖から自然の地形を生かした流下にて広く全市においしい水を。が、そこに押し寄せるは高度経済成長期。今日でいわば半導体。工業の発展に欠かせぬは水。
足りぬは本市のみならず。県の旗振りに新たな水源の開発を、と出資を決めるは昭和44年。本市は二つの水源を有すれども異なる水源とあらば調達コストとて。それがどうして倍どころか。
さもありなん、水源を求めるは県西の酒匂川。後発の宿命、取水や川下とされ、下流から救い上げれども配水先は低地にあらず。水を高きに送るに人の手、というか、膨大なエネルギーを要し。共同出資や運命をともに。企業体の存続に求められるは各自治体への契約水量の割り当て。それこそが彼らの命綱であって。
が、こちとらより安価な水を独自に調達が可能なのだから、依存するにせよ足りぬ分は、となるのが常識であって、何ら阿る必要など、というのが彼女の言い分。確かに合理的には違いないが。
紙面の都合上、続きは次回に、なんて。
(令和8年7月5日/3005回)