美しい言葉を書くということ
私の教室では、毎月のお稽古で三行ほどの短い実用書のお手本をお渡ししています。
日々の暮らしや季節のお便りで自然に使っていただけるように、季節の移ろいを感じる言葉や、美しい響きを持つ日本語を選び、一つひとつ私自身が文章を綴っています。「今月はどんな言葉が、生徒さんの毎日にそっと寄り添ってくれるかな。」そんなことを思い浮かべながら言葉を選ぶ時間は、私にとってもかけがえのないひとときです。
先日、ある生徒さんがお稽古の時にこんなことを話してくださいました。「お手本の文章が美しくて、書いていると気持ちが豊かになって、本当に楽しいです。」その言葉は、私にとって何より嬉しい贈り物でした。そして同時に、「美しい言葉を書く」という時間は、字を上達させるためだけのものではないのだと、改めて教えていただいた気がしました。
私たちは毎日、たくさんの言葉と出会っています。伝えるための文字は便利で、暮らしになくてはならないものです。けれど、一つの言葉をゆっくり味わい、その意味や響きに心を預ける時間は、以前より少なくなっているのかもしれません。墨を磨り、筆を整え、美しい言葉を一文字ずつ書いていく。一画一画、ゆっくりと筆を運んでいると、言葉の意味や情景が、静かに心へ染み込んできます。ただ読むだけでは通り過ぎてしまうような言葉も、書くことで深く自分の中へ入ってくるのです。季節の風や光、草花の香りまで感じられるような、そんな豊かな世界が筆先から身体の中へと広がっていくように思います。
そうして迎え入れた言葉は、不思議と気持ちに余白をつくってくれます。目の前の一文字に集中しているうちに、頭の中を行き交っていたさまざまな思いや慌ただしさが少しずつ遠ざかり、呼吸までゆっくりになっていく。生徒さんが「書いていて楽しい」と感じてくださった理由は、そんなところにもあるかもしれません。
書道は技術を磨くためのものですが、それと同じくらい自分自身を整え、満たしてくれるものでもあります。思うように書けない字があったとしても、美しい言葉と静かに向き合えた時間は、それだけで十分に豊かです。忙しい毎日から少しだけ離れ、お守りのような言葉を、筆先を通して自分の中へ迎え入れる。そんな時間を、これからも毎月のお手本とともに生徒さんへ届けていきたいと思っています。
今月も、季節を感じる静かな空間で、墨の香りに包まれながら、美しい日本語とゆっくり向き合う時間をご一緒できたら嬉しく思います。