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にゃんにゃん探偵チャーリーの冒険 ~ザ・ゲーム~・第8話 『〝黒石島殺人事件〟、ニーチェ、あるいは日本人のメンタル』

2026.07.11 23:52

 今週は、民主主義の形式だけをなぞった「数の暴力」によって、数々の悪法が可決されました。皇室の乗っ取り、国民の個人情報を企業に売る、令状なしの盗聴など.... と、チャウシェスクも驚くような独裁国家の土台作りが現在進行形で完成したわけです。

 さて、ここまで酷い国会は憲政史上初めてだと思うのですが、なぜか多くの国民は無関心のように感じます。第四権力としてのジャーナリズムもダンマリを決め込んでいるかのようです。自分(や家族、友人知人)の命や生活に関わることなのに、なぜここまで無関心でいられるのでしょうか? そこには日本人(村落共同体の構成員)のメンタルが大きく関わっているのかもしれません。

 諸星大二郎の短編漫画に『黒石島殺人事件』という作品があります(小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』とタイトルは似ていますが、まったく関係ありません)。未読の方もいるでしょうから、簡単にあらすじを説明します。


―――

  1. 人口が100人に満たない離島「黒石島」で殺人事件が起こる。被害者は若い女性で、胸や顔を滅多刺しにされた遺体は、草むらに全裸で遺棄され、すでに腐臭がただよいはじめていた。
  2. 本土から捜査に来た刑事が島民に聞き取りを始めると、島民たちの証言(むしろ、島民の総意)により一人の容疑者が浮かび上がる。また、被害者の名前も確定する。
  3. この前の定期船が来たのが事件の前日、それ以来、刑事が来た今日まで、島は〝密室状態〟だった。つまり容疑者はまだ島に潜伏している。
  4. 容疑者探しのために山刈りを始めようとした矢先、被害者と思われていた女性が生きていたことが判明。容疑者とされていた人物と被害者と思われていた女性は駆け落ちをしていた。
  5. それではあの死体は誰の死体なのか? 島民たちは「死体なんてありましたっけ?」的な、最初から事件など何も起きていない風を装い(むしろ本当にそう信じ込んでいるのか、その一連の記憶さえ持ち合わせていないのか?)事件現場から三三五五と去っていく。

―――


 この、他人と同じ意見こそ良しとする島民たちが、勝手に容疑者や被害者を作り上げ、山刈りまでして犯人に制裁を加えようとするメンタルは、自分たちの日常を揺るがすようなものを排除するという、村八分や差別のメンタルと同質なものでしょう。また、皆と同じ生活形式こそ正しいと信じ込んでいる人たち(ニーチェのいう「畜群」)は、〝奴隷道徳〟から抜け出せない人たちなのでしょう。ニーチェが恐れたのは、まさにこの「皆がそうだから」という思考停止だったのではないでしょうか。

 多くの人が政治や国会に無関心なのも「皆が無関心だから、皆と同じでいい」というメンタルが働いているのではないかと思われます。そうしている間に、日本は引き返すことさえ容易ではない一線を越えてしまいました。私のような単身者は、いずれ人生を終えれば、それで終わりです。しかし、今、子どもを育てている人たちは、子どもの未来にどう責任を取ればいいのでしょう? 皆と一緒に戦争や狂気の世界を生きていければ、あなたの子供はそれで幸せなのでしょうか?

 私はチャーリーの飼い主である以上、チャーリーの幸せを求めます。チャーリーが幸せそうにしていれば私も幸せです。そんな親心を知ってか知らずか、今朝も早朝5時にチャーリーに起こされました。今日も暑い一日が始まる前にクーラーをつけて、快適な気温で熱中症対策を心がけます。あっ、どうも。岩崎(チャーリーの飼い主)です。