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2026年 7月12日

2026.07.12 14:59

 ネムノキやヤブカンゾウに続いて、ヤマユリも咲き始めた。この花が咲くと、いままで単調な緑一色だった山の景色も、だいぶ華やいで感じられてくる。場所にもよるかもしれないが、今年のヤマユリは勢いが良いように見える。

 「場所にもよる」というのは、ヤマユリの根は人間にとっても動物にとっても美味しいので、ヤマユリの群生地にイノシシが入り込んで、ユリの根を食べ尽くされることがある。なので、毎年のように安定してヤマユリの花を見られるのは、崖のような急峻な斜面とか岩場の場合が多い。夜に寝る時は、暑い夏は窓を開けて網戸にして寝ることがあるが、そんな時、どこからともなくヤマユリの香りが部屋に入って来る。濃厚だけど甘美で爽やかな芳香だ。

 今、窓を開けて寝る、なんて書いたけれど、まだそんな気温には至っていない。この週は長雨も一息ついて晴れてもくれたが、かといって、さあ梅雨明けだという雰囲気でもない。たいがい、梅雨明け直後の晴れ間は、猛烈な蒸し暑さが押し寄せてきて、なかなか身体に堪えるのだけど、今のところは、まあ晴れれば当然熱くはなるけれど、それでも30度を少し超えるかな、といった程度しか気温は上がらず、ここ数年の殺人的な暑さとはだいぶ違う。晴れれても青空が広がるわけではなく、雲が覆いがちで、なんだかまだ夏になりきらない。

 まあそうはいっても、次の週の天気予報を見ると、最高気温が34度とか恐ろしい数字が出ているから、これから暑くなるんだろうな。

 ただ、これは前回の日記にも書いたのだけど、今年の梅雨は、「昔ながらの」梅雨らしい梅雨だと感じた。どうように、昔ながらの夏らしい夏というのも、これからはあるのかもしれない。例えば、「例年よりも涼しい夏」といっても、毎日30度を少し超える程度の日々が続くとしたら、それは私が子供の頃に体験していた夏だ。あの頃は、32度でも猛暑だったと思う。今は平気で35度とか40度近い事もあるからねえ。

 現代の若者たちは、夏の気温が30度を少し超える程度だった場合、どんな感じを受けるのだろうか。「物足りない」と思うのか、「これはこれで助かる」と思うのか。

 欧州では猛烈な熱波の為に、これまであまり普及していなかった冷房装置が売れているそうだけど、これからは日傘も売れるようになるのかしらん。私自身、これまでは日傘なんてさそう気持ちにすらならなかった。どこか、ああいうのは日焼けを気にする女性が使うもの、という固定観念があったのだと思う。

 でもねえ、ここ数年の殺人的な暑さで、男でも日傘をするのは珍しくなくなった。私も人のを借りてさした事があるけれど、実際に体が楽になる。「ああ、これは、持ち歩ける木陰だ」と思えた。

 そういえば、始めは雨用の傘も、「あれは夫人が使うものだ」と言って、男は使わなかったという話を聞いたことがある。

 話は変わるけれど、これから人口減少社会の影響がどんどん顕在化してきて、今までの世の中の形が維持できなくなってくる。山里なんか先行してその現象が出てきて、路線バスを廃止したり、地域の医療を担っていた診療所が無くなったりしてきている。この傾向は今後も続いていくだろう。

 会社だって、仕事はある事はあるが、従業員のなり手がなくて閉業する所も出て来るだろう。そうなると、今までその会社に仕事をお願いしていた別の会社も、困ることになる。

 そこで思ったのは、これからはいよいよ、何をするにしても、知恵が必要になるな、という事。世の中には、多くの人員を雇って、多くのエネルギーと資源を消費して、多くの土地と時間を使って、対して必要のない仕事をしている、という所もあるかもしれない。当然、そんなところは利益も出せず、縮小再生産を続けて消えて行くしかなくなるわけだが。

 そうならないためには、いかに限られた人員、限られた資金や資材、限られた時間で成果を出すかが問題になって来る。こんな事を文章で書いてみると、誰でも分かりそうな当たり前の事を言っているようだけど、じゃあ実際に、「知恵を使って行動しているか」と問われると、うーんと言いながら頭を抱える所も多いんじゃないのか。

 知恵を使う、というのは、人や物を「大切に使う」という事でもあるだろう。

 昭和を生きた人々に、こういった「大切に使う」という気持ちは、残っているのかどうか。私自身、怪しいものだと思う。

 かといって、若い世代にそういった気持ちがちゃんと備わっているかと問われても、どうなんだろうなあ、としか思えない。

 「もったいない精神」なんて言葉もあるけれど、そんな心がけって、今の日本にあるのかな。