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脳性麻痺ライター・著者 東谷瞳  |障害と生きる日々

10.手助けは“正解”がない

2026.07.13 23:38

困っている人がいたら、手を差し伸べる。

それは、とても大切なことだと思う。

でも実際にその場に立つと、思った以上に難しい。

声をかけるべきか、見守るべきか。

手を出すべきか、待つべきか。

その判断に、迷う。

「これでよかったのかな」

「やりすぎじゃなかったかな」

あとから振り返って、考えてしまうこともある。

もし“正解”があれば、どれだけ楽だろう。

こういうときはこうする、という決まりがあれば、迷わずに済む。

でも、Flowerで何度も話し合ってきた中で見えてきたのは、

その“正解”が存在しないという現実だった。

ある人にとっては、声をかけてもらえることが安心につながる。

でも、別の人にとっては、そっとしておいてほしい場面もある。

同じ人でも、その日の体調や気持ちによって、求めていることは変わる。

だから、「これが正しい」というやり方は決められない。

むしろ、“正解を求めすぎること”が、動けなくなる理由になることもある。

間違えたくない。

失礼なことをしたくない。

そう思えば思うほど、体は止まってしまう。

でも、本当に大切なのは、“正しい行動”なのだろうか。

Flowerの中で出た言葉に、こんなものがある。

「大事なのは、相手に合わせようとすること」

完璧に合うことはできなくてもいい。

すべてを理解できなくてもいい。

その場で相手の様子を見て、考えて、少しずつ近づこうとする。

その姿勢こそが、手助けの本質なのかもしれない。

だから、うまくいかないことがあってもいい。

声をかけて断られることもある。

逆に、気づけなかったこともある。

でも、その一つひとつが経験になっていく。

次に同じような場面に出会ったとき、

ほんの少しだけ動きやすくなる。

手助けは、一度で完璧にできるものではない。

むしろ、関わる中で、少しずつ学んでいくものだ。

だからこそ、「正解がない」ということは、不安であると同時に、可能性でもある。

自分なりの関わり方を見つけていけるということ。

相手との関係の中で、形をつくっていけるということ。

もし、目の前で迷ったとき。

正解を探すよりも、まずは立ち止まって考えてみる。

そして、できる範囲で一歩だけ動いてみる。

その積み重ねが、誰かとの距離を少しずつ変えていくのかもしれない。