クック25cm製造年の謎(1)
関口鯉吉氏の渡欧
海洋気象台に導入されたクック25cmは、いつ製造されたのか。その謎を数回に分けて探りたいと思います。
「大正13年4月15日に海洋気象台の別館である『付属無線電信所』の竣工式が行われた。建物は3階建。1階は無線電信室・試験室・化学試験室・宿直室、2階は神戸測候所・気象電報室・気象器械室・応接室・宿直室、3階は第2図書室・宿舎、そして屋上露場があり、その南西角に天体観測用ドームが建設されていた。ここでは、神戸市教育委員会の資料等に基いて神戸海洋気象台が大正から昭和初期まで行った『天体観測』について記す。
そのドームの中央には、英国クック社製の口径25cm屈折望遠鏡が据えられていた。この望遠鏡は、岡田武松海洋気象台初代台長から技術者海外留学の命を受けた技師関口利吉が、大正10年3月21日から翌11年11月27日まで、スイス、英国で在外研究員として時振儀研究を行い帰国時にリーフラー標準時計、バンベルヒの子午儀などと一緒に英国から購入してきたものであった。価格は当時の金で5万円。現在の貨幣価値でいえば1憶数千万円である。当時世界でも一級の性能を誇るものであった[1] 」
関口鯉吉氏(1886-1951) [2]
関口氏の留学期間は1921年(大正10)3月21日から1922年11月27日まででした。渡欧についての詳細が少しずつ分かってきました。
「関口氏の消息 文部省の海外研究員として、海洋気象台から欧州へ行かれた関口技師は船室の都合で、水戸丸と云う郵船会社の漢堡(*ドイツ・ハンブルグ)行きのカーゴボート(*貨物船)で三月二十一日に大連を立たれました。該船はそれから香港、バダビア(*インドネシアの首都ジャカルタの旧称)、新嘉坡(*シンガポール)等に寄港し、四月二十三日に古倫母(*コロンボ、スリランカの最大都市)を出帆して居ります。同氏は倫敦(*ロンドン)迄行かれるのですが、それは今月(*五月)の二十日頃になりませう。 [3] 」
関口氏のその後の消息や帰国に関する情報です。
「関口技師の近況 盲腸炎に罹って暫く英国に静養中であった同氏は四月中旬独逸(*ドイツ)に参られました。多分見物の為でせう[4] 」
「関口技師帰朝 昨年三月海洋気象臺在外研究員として渡欧され英国、諾威(*ノルウェー)、独逸等に遊学中であった。関口技師は米国を経由して去る十一月二十七日 横濱着の東洋汽船天洋丸で無事帰朝されました[5] 」
(参考)
[1] 兵庫の気象-空と海を見つめて100年(2001),財務省印刷局:353
[2] 中桐正夫「アーカイブ新聞 (2016年3月2日 第90号」 国立天文台」
[3]関口技師の消息(1921),海洋気象学会,海と空1(1):11
[4]関口技師の近況(1922)海洋気象学会,海と空2(6):72
[5]雑報(1922)「関口技師帰朝」,海洋気象学会,海と空2(12):1144