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粋なカエサル

「カエサルに学ぶリーダーの条件」③人心掌握術2

2019.03.18 02:03

 結果を出す上で大切なことの一つは、なかなか結果が出ないとき、失敗したときのリーダーの対処法。このような時、リーダー自身いらいらしたり、不機嫌になったり、意気消沈しがち。部下に責任を転嫁することもよくある。しかし、部下と一体化してしていては状況は変えられない。ナポレオンの偉大さについてゲーテはエッカーマンとの対話の中でこう述べている。

「ことにナポレオンが偉大だった点は、いつでも同じ人間であったということだよ。戦闘の前だろうと、戦闘のさなかだろうと、勝利の後だろうと、彼はつねに断固としてたじろがず、つねに、何をなすべきかをはっきりわきまえていて、彼は、つねに自分にふさわしい環境に身を置き、いついかなる瞬間、いかなる状況に臨んでも、それに対処できた。」

 カエサルも「絶望的な状態になっても機嫌のよさを失わなかった」と言われる。そして、リーダーは状況を分析し、敗因を明らかにし、状況を打開する計画、方針を打ち出さなくてはいけない。その方針に取り組むように部下を鼓舞し、立ち上がらせなければならない。カエサルが取った行動から具体的に見てみよう。

 武将としてのカエサルは、ポンペイウスのような敗北しらずの武将ではない。ガリア時代には「ゲルゴヴィア包囲戦」で敗北。しかし、その直後のアレシア包囲戦では大勝利。失敗はしても即座に挽回するのがカエサル。ルビコン川を渡ったカエサルが元老院派との内戦の中で唯一と言っていい負け戦が「ドゥラキウム攻防戦」。ポンペイウス軍包囲作戦が失敗に終わったことが明らかになった時点で、カエサルは自軍の兵すべてに、包囲を解いてできるだけ早く撤退することを命じる。そして、安全と見た地点まで撤退したうえで、全軍を集めてこう言った。まず敗北を喫して意気消沈している部下たちを、これまでの一連の勝利の中の小さな敗北でしかないことに目を向けさせ慰撫する。最初の一言にまず驚かされる。

        「われわれは、神々と運に感謝しなければならない。」

 とても敗戦の後の演説のイントロとは思えない。カエサルは何を言っているのだろう、と兵士たちは耳を傾けるに違いない。カエサルの顔を見ようと、うつむき、うなだれていた顔を上げるに違いない。見事としか言いようのない出だしだ。そしてこう続ける。

「イタリアは、損失なしで手に入れた。スペインでも、有能な将たちに率いられていた敵軍を、これまた少ない損失で降伏させた。・・・運命がすべてわれわれの望むとおりになってくれなかったとしても、われわれのほうが運命に、そうなるように助けの手をのばしてやらねばならない」

 誰よりも早く敗北の痛手から立ち直り、次の手を考える状態になっていなければこういった指摘もできないだろう。しかし、この後の指摘こそカエサルのすごさ。このような場面で大切なのは、慰撫自体にあるのではない。気落ちした兵士の気持ちを立ち直らせ、次の戦では同じ過ちを繰り返さず、これまで以上の結果を出すように再起させること。

「とはいえ、今日の不運の責任は、他のあらゆることに帰すことはできても、わたしに帰すことだけはできない。わたしは、戦闘のための有利な地勢を諸君に与え、敵側の多くの砦までおとし、これまでの戦闘でも勝って、戦役が有利に展開するよう配慮を怠らなかった。このように眼前に迫っていた勝利を逃した要因は、諸君の混乱、誤認、偶発事への対処の誤りにある。」

 敗因が明らかにならなければ、兵士は不安のうちに次の戦いに臨まなければならなくなる。しかし、原因が明らかにされ、自分の努力次第で改善出来るのであれば、自分の命を大切にしたい、戦に勝ちたい気持ちがある以上改善に向けて努力しようとするのは当然。カエサルは最後に、勝利への展望を示す次の言葉で締めくくる。

「だが、もしも全員が全力をつくすならば、この現状を逆転させることは十分に可能だ。そして、もしもこのような気持ちで一致するならば、ジェルゴヴィア撤退時と同じに、敗北は勝利に転じるだろう。それには、恐怖に駆られて闘わなかった者たちも、自ら進んで前線に立つ気概を取りもどさねばならない」

 このような訓示を最高司令官から受けて兵士たちは、どのような心境になったのだろうか。失敗の責任を部下に押し付けている、つまり責任転嫁とうけとっただろうか。違う。兵士たちの胸にわきあがってきたのは「恥」の想いだった。それは、カエサルの指摘が的を得ていたからだろう。兵士たちは口々にこう叫んだ。「自分たちを罰してくれ」と。しかしはっきりカエサルは「否」と答える。兵士たちは言う。「せめて旗手だけは死刑にしてほしい。旗手は絶対に戦線を捨ててはならないのが軍規です」。やはり、カエサルは「否」と答える。兵士たちは泣きながら、「敵のところに戻してくれ」、「今度は全力で戦うから」と言ってカエサルに嘆願する。それにもカエサルは、「私には考えがある」、とだけ言って聞き入れない。結局、カエサルが兵士たちに与えた罰は、隊旗を捨てて逃げた旗手数人の降格だけだった。次の「ファルサルスの戦い」で彼ら涙を流した兵士たちが奮戦し、勝利に大きく貢献したことは言うまでもない。これぞカエサルの人心掌握術。だからこそ「失敗はしても即座に挽回する」ことができたのだ。

 (ドゥラキウムとファルサルス)

(「カエサル像」ウィーン美術史美術館)