自信がないから、上から目線「私の子のくせに」「私の友達のくせに」
私は、よく毒母から
「私の子のくせに」
「何もわからないくせに」
「何も知らないくせに」
「できるはずないじゃない」
と言われました。
モラハラをする友人にも
「私と仲良しのくせに、
みんなに慕われるなんて」
「私の友達のくせに、海外に住むなんて」
などといったことを
言われたことがあります。
自分の知らないこと、
自分と違うことをされると、
毒親やモラハラな人が使う
言い回しです。
毒親もちの人、モラハラな友人やパートナー
パワハラな上司などのいる人には、
お馴染みではないかと思います。
「私の子どもだから、知らないはず」
「私の子どもだから、できないはず」
「私の友人だから、知らないはず・できないはず」
人間関係を上下関係で考える彼らは、
子ども・家族や友人・知人は、
自分と同じか、それ以下だと思っています。
だから、「自分にできないことは、
あなたにもできない」と考えたい。
そして、さらに悪いことに、
毒親やモラハラをする人は、
自信がないので、
自分をものすごく低いところに
位置付けています。
だから、「自分と同じ」か、それ以下だと
だいぶ低く見積もられてしまう。
自分自身をバカにしている分、
人のこともバカにしてしまう。
相手のことをバカにしておかないと、
自信がなく立場の低い自分は、
相手にしてもらえなくなってしまう。
一緒にいると劣等感を抱いてしまう。
と考えています。
だから、仲良くなればなるほど、
いじめたり、けなしたりして、
相手を下げます。
もし、私たちがうまく行って
前進しそうになると、
自分の納得する位置まで、
引きずり下ろす。
遠い存在に感じたくないから、
引き止めて、自分の手元に
置いておこうとするのです。
例えば、私の母親は、
娘の私が自分より語学ができたり、
海外で活躍することを
おそらく誇りに思っています。
(人には自慢げだから)
そして、彼女は、最大限に
私の能力を利用してきました。
海外に行けば、ささっと私の後ろに入り込み、
「ああしてちょうだい、こうしてちょうだい」
と自分に都合よく計らうように
私に要求をします。
もちろん、その当時の私は、
母親を喜ばせ、機嫌を損なわないように
気を使いまくっていたので
彼女の要求以上を叶えるために、
全力で奮闘しました。
母親は、買い物のアテンド、人との取次など
対外的なことをしてもらえることを
十分に活用して、他の人がいる間は、
借りてきた猫のように振る舞っていました。
「おお、日本のお母さんは、控えめで
可愛らしい」なんて言われていました。
(とんでもないよ😅)
他の文化では、言葉だけではなく
その土地土地での振る舞い方も違うので、
うまく立ち回る私をみて、だんだん、
「私の子どものくせに」
「なんでそんなこと知ってるの」
と言った態度になってきます。
きっと、私を遠くに感じ始めたり、
自分が不甲斐なくなると、
「まさか、私の子どもができるはずないのに」
と戸惑って、けなす言葉が出てしまうのでしょうか。
「自分と同じはずなのに、
置いて行かれた気がする」
と言った寂しさが出てしまうのです。
以前は、
そんな弱さを気の毒に感じて、
支えになろうとして
一生懸命、ひざまづくように
歩み寄っていましたが、
おかげでこちらが変になって、
自分の人生を生きられないので、
馬鹿馬鹿しくてやめました。
毒親やモラハラな人は、
「自分と同じはずなのに」
「自分より下なのに」
と人を上か下で考える価値観なのです。
動物の世界、あるいは、
ヤンキー文化や反社組織の発想と
同じです…