7月12日 主日礼拝
7月12日 主日礼拝
礼拝説教
伊藤大輔牧師
使徒言行録 26章1~11節
回心をしたパウロ
パウロは何が変わり、何が変わっていないのか。
裁判で弁明をするパウロ。
これまでの生い立ちを語る。
そのどこもがパウロを訴えているユダヤ人たちの批判にあたるものではない。
パウロもユダヤ人たちと同じ共同体に属するもの。
共同体の模範となるような働きをしているのがパウロ。
そのパウロがどうして訴えられるのか。
弁明の中でパウロはその理由について語る。
「神の約束に望みをかけている」
「復活を信じている」
これは本来ならば、共同体全員が持っているはずのもの。
おそらく表現、言葉としては「約束を信じる」「復活を信じる」は共同体内で用いられていた。
同じ思いを持っているはずなのに、どうして訴えられる原因になったのか。
実際、共同体の者たちは裁判に耐えうるだけの証拠、証言をそろえられていない。
出来事を問題にしているのではない。
出来事が問題ならば有効な「証拠」「証言」を提示できる。
それがそろわないのはユダヤ人も分かっている。
それでもパウロを裁きたい。
亡き者にしたい。
その理由は何か。
ユダヤ人たちのパウロについての思い。
「本気になってもらっては困る」
教会に95の質問状を送ったルター
まっとうな質問。
そのルターがどうして教会に拒絶されたのか。
「本気になってもらっては困る」
パウロの共同体、ここまで共同体はうまく回っている。
大きな争いもなく、運営もうまくいっているし、人々からの評判も良い。
少しの問題はあったとしても、この状態を維持することがみんなの幸せに通じる。
それが復活が本当ににあったのだの、イエスが証拠だの、復活は希望の対象であって実際にあったかなかったかなどはどうでもいい。これまでのバランスが崩れるようなことはやめてくれ。
「本気になってもらっては困る」
パウロは何が変わり、何が変わらないのか。
教会を迫害するパウロ。徹底的に迫害する。
共同体の信仰を探究していく。
イエスが言っていることが自分たちの信仰に合致する。
それを徹底する。
パウロは実は何も変わっていない。
本気でやっているだけ。
ユダヤ共同体はローマ帝国に飲み込まれる。
キリスト教はローマ帝国を飲み込んで行った。
本気になれるもの
そういうものとの出会いが世界に残っていく。