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この道往けば act2

湯尾峠 Reverse 後編

2019.02.01 10:00

湯尾峠が交通路としての役割を完全に終えたのは、いつだったのでしょうか。

北陸本線湯尾隧道が開通した明治26年?

湯尾隧道が自動車道に転用された昭和32年?

国道365号が国道に指定された昭和50年?


「完全に」という視点で行くのならば、恐らく真ん中昭和32年でしょうね。

直接的に湯尾峠に対応する徒歩自動車道の隧道が出来た。

これはあらゆるトンネル旧道にとって致命傷です。

峠から八十八ヶ所山(はちじゅうはちかしょやま・239m)、鍋倉山(なべくらやま・516m)方面の尾根に至りました。

峠起点に見れば西南西に真っ直ぐ進む形になります。

軽トラックなら走れるなこれは。

後述する状況もあり、上手くすれば四輪車でもここまで来る事も出来なくはないかも。

もちろん登山者がいるので、お勧めは全く出来ませんが。

それほどの広さがあります。

尾根にはお地蔵様が列座しておられました。

峠由来というよりは、八十八ヶ所山の弘法寺の関係ですかね。

峠にも孫嫡子神社(まごちゃくしじんじゃ)があり、宗教上でも重要な地点だったことがわかります。

湯尾城跡に到達!

湯尾は古くは柚尾とも書いたようです。

城といっても天守閣がある平城ではなく、砦の機能を重視した山城です。

しかし確かに他の場所より広いですが、こんなところにという印象。

もしかしたら湯尾峠の石垣は純粋に道のためのものだったのかもしれませんね。

ここにも古峠の情報が載せられていました。

なるほど、ここから2つ目の堀切から下ったところにあるというわけですね。

これは重要な情報です。

さぁそれではお地蔵様。

僕を古峠に連れて行ってください。

よろしくお願い致します!

ところがですよ・・・

尾根沿いに・・・

ずら~っと

ひたすら・・・

地蔵行列!!

この規模ははじめて見ますわ。

ずっとですもん。

そして僕はここで重要な見落としをしていたんですが、気付かなかったわけで・・・。

ここで尾根が急に自然に帰りだしました。

南に下る方向(古峠がある方向)にブル道があったので、ちょっと下ってみることにしました。

いかにも工事用という道が続いていて面白みがありません。

これは違うと判断しました。

しかしここまでくると明らかに行き過ぎなんですよね。

掘割、どこだったんだろう・・・?

ここにもぽつんとお地蔵様がいらっしゃいました。

これはちょっと怪しかったんですが、明らかに風景が違いますし、何より下った先に峠(尾根の鞍部)がある気配が皆無だったので違うと判断。

戻るとしましょう。

そして戻る途中、少し鞍部になっているところで見つけたのがこの凹み

これもしかして古道??

確証が持てず突入は出来なかったんですが、可能性は結構高いんじゃなかろうか。

そうなってくると古峠はここ?

これはまた宿題を残しちゃったな・・・。

戻ってきました。

一つ宿題は残りましたが、湯尾峠の両側は踏破完了ということになります。

しばしさらばだ、湯尾峠。

古峠目指して、また来るからな。

・・・6年後かも知れんけど・・・


以上、湯尾峠 Reverse編