331. モンゴル~乗馬+山キャンプ - 2026.7.24 -28
先月はモンゴルに家族旅行にいきました。7/24 (金)・27 (月)・28 (火) と3日間お休みを頂き、わたしの夏休みです(お盆の週、2日間ほど出勤します)。
社会人の長男も都合がつき4人で行けました
24 (金) は移動日で、成田からウランバートルまで約5時間でした
空港の迎えの車でさらに1時間半、夜で真っ暗ななかの草原の大きなツーリスト用の常設ゲルで宿泊しました
7/25 (土) の朝、明るくなって、大草原に来たんだと実感しました
朝食会場
ツォクト乗馬ツアーという日本人向けのツアー会社にお世話になりました
乗馬・山キャンプは、1日間~3日間のコースがあり、わたしたちは2日間(土日のキャンプ泊)でした
荷物は、乗馬のときの最低限のグッズと、それ以外とにわけて、それ以外はキャンプ地で合流するコースごとの自動車に積まれます
コースごとに分かれて、各自が馬をあてがわれ、出発しました
2日間コースは、うちの家族4人と、女性2人組、女性単身、男性ガイド1名、馬のお世話の男の子が2名、馬が計 10頭で、ツアー客は2人用テントが4つという陣容でした
宿泊するキャンプ地や途中の休憩ポイントには荷物を載せた車が来ます(先にいることが多かったですが、休憩ポイントでは、車が来るのを待つこともありました)
地上での付き添いの無い乗馬ははじめてでしたが、よく訓練されているようで、すぐに乗れるようになりました
わたしが "チュウチュウ" と馬に声をかけ、馬のわき腹を両かかとで軽くたたくと、すぐ前進します
右に行きたいときは、手綱を少しだけ右に力をいれて、体重を右に預けると、馬は自然に右に進路を変えます
手綱を両手で左右均等にそっと引くと止まります(軽く引くだけで減速する良い子でした)
周りの馬に合わせて本人(馬)も行きたいとき、あえてわたしは止まりたいときだけは、強くひかないと止まりませんが、言うことをきいてくれます
教えられた通りで操作というか乗馬ができて、思いのほか簡単でした
(後で、ガイドのかたから、人を見て馬を選ぶといっていましたので、相性がよかったのでしょう)
1時間の乗馬~休憩1時間~1時間乗馬~お昼休憩2時間~1時間乗馬~休憩1時間~1時間乗馬という流れです
実質の乗馬は4時間/1日くらいと思います
それでも ツアー会社のベースたる固定ゲルから、約 20kmくらい離れた山の山頂に到達しました
最初のキャンプです(別動隊の車のかたがたが、キャンプは張っておいてくれていました)
7/26 (日) 朝の風景
ガイドさんが、乗馬ツアーは日本のGWから10月までやっているけど、初夏が花畑がきれいなのでベストシーズン、と言っていて、その通りでした
お昼の休憩でも、車が来て昼食を準備してくれます(この車に、このツアー客7名のメイン荷物も積まれています)
下の写真で、わたしの馬は、左側で、右側は妻の馬
この2頭は、走るときも休憩中も、いつも一緒でした(おそらくは兄弟のようでした)
馬は休むときは、いつも頭をよせて一緒にいます
種馬1頭から、20頭の馬のグループをつくり、ツアーは同じグループの馬で構成するそうです
山の2泊目のキャンプ地に着きました
馬たちとは、ここでお別れです💦
夕暮れは、けっこう遅く、20時過ぎだったと思います
7/26 (月) 翌朝、少し散歩して丘に登りました
馬が昨夕に去った後も、鞍は(車に積むため)朝になってもまだ置かれていました
その後、迎えの車が来て、いったん最初の大きなベース(ツーリストゲル)に戻って、目的地別に配車しなおしました
ここで、乗馬ツアーでご一緒だったかたがたともお別れです
わたしたちは、このツアー最終日は、ウランバートルの社会見学という日でした
乗馬とは別の、女性のガイドのかたに案内いただきました
この会社で日本語ができるガイドさんは何人もいますが、今回の乗馬のガイドさんと、こちらの市内ツアーのときのガイドさんの2名だけは、まだ日本に行っていないとのことでした
20年くらい前に大学で日本語を学びましたが、日本には行っていなくて...とのことでした
ですが、そのことでかえって(?)、お二人とも丁寧な日本語の言葉遣いだと印象に残りました
第二次世界大戦で、ソ連のシベリア抑留者の一部はモンゴルにも割り当てられて、日本人捕虜が鉱山開発や国会議事堂の建設などの労働を強いられていました
ウランバートル郊外に慰霊碑があり、お参りしました
その後、ゲル地区というウランバートルの北側のゲルがたくさん建っているエリアの丘からに車でのぼり、市街をみました
途中まで高層ビルが立ち並び、とつぜんストンと、低層・一戸建てのエリアになっていました
一戸建ては所有者で、庭に置いたゲルを別の家族に賃貸の家として貸すことが多いそうです
その後、都心に入り、国会議事堂前の広場でチンギスハンと子孫たちのモンゴル大帝国の指導者たちの巨大な彫像をみました
お昼は、レストランで頂きました
ラムチョップが柔らかくて美味しかったです
その後、ウランバートルの南側の、円筒形の太い塔のような高層住宅が立ち並ぶお金持ちエリアを見学しました
モンゴル駐在の外国人のほか、モンゴル人では政治家と資源開発の会社の関係者が多いとのことでした
そして市の中心部に戻って、デパートで買い物をしました
夕食は、ラプジャーさんというモンゴルの社会起業家のかたのお店でいただきました
コワーキングスペースをかねています
日本のドローンのベンチャー会社のかたともお話しができました
渋滞がはげしいウランバートル市内で、ドローンで血液製剤を基幹病院から市内の(けが人が搬送された)小病院にとどけるサービスをたちあげているそうです
このモンゴル最後の晩の 25 (月) は、ウランバートル市内の中心部の古そうな住宅街のなかで「民泊」を利用しました(指定された部屋の中は、リフォームされてきれいでした)
翌 26 (火) は朝 10時ごろタクシーで移動、12時前には空港について 14時の便で帰国の途につきました(東京の自宅には21時ごろ着きました)
のどかな草原や低い山並みと、ウランバートルの大都会のギャップ
今回はウランバートルの郊外でしたが、モンゴルの地方・モンゴル国内線の飛行機でないといけない場所にまで目をむければ、きれいな湖や、道路がなくて馬でないといけない集落があるなど、まだまだ気になります
広い国で、人が少ない
長い冬は厳しいだろうなと思いました
わたしが20代のころ、新卒ではいった会社の3年目か4年目くらい、夜の渋谷駅で、MWさん、と声をかけられました
大学の後輩でした
彼女と少し立ち話
つい先月、モンゴルから帰国しました(後輩)
えっ?モンゴル?(わたし)
(青年海外)協力隊で、ウランバートルでマンホールに住んでいる子どもたちがいて、その支援でした(後輩)
20年以上、前の話です
モンゴルが自由経済化され、社会主義だった頃にはあった孤児への保護が無くなったことで、ウランバートルのストリートチルドレンが、マンホールの下の地下空間を住居にしていました
今回、ウランバートル市内を案内して下さったガイドさんによると、今はマンホールチルドレンはいなくなった、といってよいそうです
開発援助のような海外からの支援もそうですが、それをきっかけとしたモンゴルのかたがたのなかで、社会的な起業なり問題解決をはかろうとする方々の存在が、やはり大きいように思いました
ところで、出発の前日の夜(7/23 (木))は、都内で、以前の静岡で勤務したときの同僚が東京に来ているとのことで、会いました
それはそれで2年ぶりで、楽しかったのですが、翌朝からモンゴルに出発
そして、モンゴルから帰国して翌日 7/29 (水) は、いつもの工場勤務のため早朝出発
さらに、よりによって、その翌日 7/30 (木) - 31 (金) は、近場でしたが単身赴任先からの国内出張...
昨日 8/1 (土) は、実家にモンゴル土産を届けた他は、ほぼ一日中、休んでいました
おかげで今日 8/2 (日) は、だいぶ回復し、そうか、もう8月なんだと、あらためて思いました
モンゴル滞在時のお肉と脂のパワーで、残りの夏を乗り切りたいと思います🌊