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この道往けば act2

深坂峠 真の深坂古道編

2016.07.10 02:35

参道は森を抜けると古道へと戻りました。

そしてここには深坂地蔵と同じく、歴史の証人となるものがあります。

かつて街道だったこの道には当然人が集まり、琵琶湖の水運のおかげで物資の輸送の上でも非常に重要な道でした。

そこに目をつけたのが問屋です。

深坂峠の塩津側の麓であるこの場所には問屋が軒を連ね、その中でも最大の問屋がこの場所だったというわけです。

そしてこの看板にはとある重要な事実が書かれていたのです。

巨大な石垣

この上にあった問屋とはどれだけ立派なものだったのでしょう。

白飛びしてる写真で本当に申し訳ないです。

色んな石垣を見てきましたが、これはやはり相当な規模です。

この時代で最大の石垣建築といえばやはりお城ですが、それに近いレベルの石垣です。

比肩は出来ませんが手の届くレベル。

やはり相当な技術があったのでしょう。

そして現れたこの地点。

俺は騙されないぞ。

これはさっき、林道化したときに起きた現象と同じだ。

道が新しすぎる。

これは全面改修されたか・・・。

立派な石碑がありました。

そしてこういう場所こそあるのです。

見逃すわけにはいきません。

右にも道があるな!!

つうか道から見えなかったんですが・・・、

看板もあった(笑)

それほど発見は難しくはありません。

夏は刈払いもされるのかな?

こっちの道は一旦置いておいて、まずは明らかに古いほうを往きましょうか。

深坂「古道」なんですから。

年季の入った廃屋・・・。

こっちがメインだった時代のものでしょう。

残っているのはもはや壁だけ。

閑散とした空気が漂っています。

おそらくこれも問屋の跡なのでしょう。

立派な石垣が並んでいます。

盛者必衰

敦賀市も過去の栄華ばかり引きずらずに、そろそろ前を向かなきゃね。

おそらく一応扱いは現役なんでしょうが・・・。

明らかに廃道に片足突っ込んでます。

道は曖昧で迷子になりそうな予感すらあります。

昔はここも集落だったのかな?

広場にはかすかに人の痕跡の気配がありました。

廃村といっても差し支えないでしょう。

集落としては沓掛となりますが、離れすぎているのでやはり深坂でいいんでしょうかね。

基礎だけがきれいに残っています。

謎の機械の残骸・・・

廃道探索ではたまに出会うこういう謎の機械の残骸。

工業系にはホント疎いんでまったくわかりませんが、何でしょうね。

ボンベのようにも見えますが・・・。

不鮮明な道形はそのままに、森の奥に消えていく道。

若干の不安を残しつつ、まだ僕をどこかへ連れて行ってくれるようです。

森に入ればそこには立派な古道が!!

広場より森の中は道の形が残りやすい。

廃道探索の基本ですね!

しかしまぁ健全な状態ではないな。

頻繁な通行はないと思われます。

おおっと境界標!

ここが普通の古道ではないことがよくわかります。

・・・読み取れませんでしたが・・・。

まぁ近くにわかりやすいものがありましたが。

ここは滋賀県が管理する土地のようです。

県として大事な文化遺産と考えていることがよくわかりますね。

そしてその奥は少しずつ現役の匂いがしてきました。

ここまでを振り返り・・・

うん、いい。

ここからは旧道後半戦!