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Silver × Silver Glasgow

Indo Monolog 39 -10ヶ月を終えて-

2026.08.02 20:38

残り14ヶ月となった。

インドネシアに来て300回は夜を過ごしただろうか。


あっという間に終わったかもしれないし、まだ14ヶ月も残っていると言えるかもしれない。


この10ヶ月でできたことはきっと山のようにあったように思う。

生活道路を歩けばたくさんの人たちが私の名前を呼んでくれる。


雨が降っていたら顔馴染みのみんなが

「送ってってやるよ」と車で家まで送ってくれる。


この街で過ごした9ヶ月という時間は、

たくさんの現地の人が私の名前を覚えてくれて、

外国人などということを関係なく、

私のことを一緒にこの街に住んでいる人として受け入れてくれている。


何かを与えるつもりが気が付けば何かを与えてもらってばかりの10ヶ月でもある。


振り返る時間もなくて毎日が刹那のように過ぎ去っていく。

あっという間に時間が流れるなら、きっと毎日楽しく過ごせているんだろう。


それと同時に焦燥的な闇が訪れることもある。

「この10ヶ月、ちゃんと自分のベストを尽くして現地に何かできたのだろうかと」


2年間は長いようで短い。

「現地の時間の流れに合わせながら・・・彼らのペースで・・・」


なんていうのはお決まりの文言ではあるが、そんなことを言っていると遊んで終わる2年間となる。


2年間という元から無理ゲーな期限が決まっているからこそもっと生き急がないと行けない。

現地の人には「こいつはなんでこんなに焦っているんだ?」と思われることもきっとあるだろう。日本人はもともときっと世界の中でも生き急ぐ人種のひとつだろうから。


インドネシアの人たちによく言われる。


「考えすぎだよ。もっと気楽に行こうよ」と。


おそらくそれはきっと間違ってはないと思う。


インドネシアの人の暖かさ、陽気さ、楽観さ、時間を気にしない流動さ、失敗や困難も深く受け止めすぎず前向きに楽しむこと。


たくさんの自分は持っていないそのインドネシアらしさに救われてきた10ヶ月だった。


それでも願わずにはいられないことがある。


それは残りの14ヶ月の間で少しでも「誰かを幸せにしたい」ということ。


少しゴールが大きすぎるかもしれないけど、


少しでも多くの今の自分の目に映る人たちにインフルエンスしたい。

少しでも私と会ったことでポジティブな影響を受ける人たちが増えてほしい。



2年間の不自由な生活もそんなことは来る前からわかっていたことで、

(それほどまでに日本は良くも悪くも恵まれた国なんだろう)


それでもその2年間を現地の人たちに全部使いたいと思ったからこそ、

わざわざ日本のコンフォートゾーンを手放してやってきた。


今自分にできることは、ただただ現地と向き合って、

本当はこんな日本語を書く暇があったらもっと現地語を勉強して、

1人の時間をできるだけ減らして、できるだけ多くの人とコミュニケーションをとって、

自分にとっての、そして現地の人にとっての有意義な時間をたくさん過ごして、

あっという間に布団に入ってぐっすり眠ることである。


この2年間は本当に貴重である。


いつも片手間になってしまったバスケットボールに100%のエフォートで向き合えること。

寝てる間ですらひたすら夢の中でバスケットボールについて考えることができて、

起きれば5秒でシュートを撃てる環境がある。


「日本ではできないことをするための2年間でありたい」


自分のフィジカルやメンタルのメンテナンスの時間以外は、

ただただ現地のための、もしくは現地の誰かと過ごす時間でありたい。


お金のためにインドネシアに来たわけではない。

日本と同じ快適さがほしくてインドネシアに来たわけでもない。


お金では買えないものがほしくて、

日本にはない不自由さのもとで自分のレジリエンスをあげたくて、

日本の時には見えなかった景色を見たくてここに来たように思う。


自分と向き合える時間をもらえたことで、

日本人とは違う価値観を持つ人たちと生活をともにすることによって、

自分の持つ課題や、自分の持つ価値観、自分の持っているアイデンティを改めて見つめ直し、問い直すことで自分のレベルアップを図ることができる。


自分をアップデートしていかないといけない。

現地の人と一緒に暮らしながら今の自分を追い越していかなければならない。


生き急いでいるつもりはないけれど、

残り14ヶ月。のんびり暮らすにはあまりにも少なすぎる時間である。


昔モンゴルにいた時は「もーやり切った。一切の悔いはない」そう思えるぐらい走り切った気がしていた。


けどそれはただただ自分がまだまだ浅く何も見えていなかっただけで、

「彼の中でのベストは尽くせた」ようなもので大した中身を伴っていたわけでもなかったんだろうな。と今なら思う。


怖いもの知らずでできたこともたくさんあったし、そのおかげで今のインドネシアの活動に役に立っていることもたくさんある。


あの時の2年よりも間違いなく今の10ヶ月の方が濃い有意義な時間を過ごせていることだろう。



自分の歳が上がったせいかもしれない。


モンゴル語よりもインドネシア語のが簡単だったかもしれない。


任地に恵まれすぎているだけかもしれない。


そもそも15年前に比べて何もかもが豊かになって活動自体がイージーすぎるだけかもしれない。



あの頃の自分よりは少しは成長できているだろうか?


確信はまだない。


手応えもよくわからない。


実感も今だによくわかない。


それでもひとつだけ確かなことはたくさんの人が私の名前を呼んでくれる。


試合会場で会えば「元気にしてるか?」と毎回のように挨拶してくれる。


四六時中誰かが「ご飯に行こう」「コーヒー飲もう」と連絡を来れる。



少しでも私にことを気にかけてくれるあなたに、

残りの14ヶ月間で恩返しがしたい。


インドネシアに来ることを決めなければ出会えなかったインドネシアの人たちがたくさんいる。


当たり前のように私をちょっとインドネシア語の下手な現地人として接してくれる彼らのために私ができることを残りの期間で少しずつ始めていきたい。


私ができることはバスケットボールとたこ焼きを焼くことぐらいしかできないけれど、

それでももしバスケットボールを通して現地の人たちを少しでも笑顔にできるのなら、

残りの時間、1秒でも多く彼らのためにこの時間を使っていきたいと思う。


余命(帰国日)が最初から決まっているのが活動の質を上げてくれる。


だいたい人は締め切りがないと頑張れない生き物だから。



さて、そろそろ飛行機にのならないといけないので空港に向かいます。



少しでも多くの人とこの国で出会って、


少しでも多くの人と人生を交換して、


少しでも多くの人と生を交わして、


少しでも多くインドネシアという国を好きになっていきたいと思います。



2年間をどう過ごすか?と同じぐらい、

日本に帰ったあとも彼らとStay in touchでいられるかということがとても大切なことで。


またいつか彼らと世界のどこかで会えるように、

今日もせっせと活動していきたいと思います。


残り14ヶ月。


発狂しないように、身体と心の健康だけは忘れず。



生き急いでも、死に急がないように、

途上国にいることを忘れずに、


1日1日丁寧に過ごしていきたいと思います。