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脳性麻痺ライター・著者 東谷瞳  |障害と生きる日々

13.「障害者であること」を認める必要はあるのか

2026.08.03 22:16

「自分の障害を受け入れなさい」

そう言われたことがある人は、少なくないと思う。

前向きに生きるために。

自分らしくあるために。

その言葉は、きっと善意から出ている。

でも、その言葉に、どこか引っかかることもある。

——本当に、認めないといけないのだろうか。

障害があるという事実は、変えられない。

それは頭ではわかっている。

でも、「受け入れる」ということと、「納得できる」ということは、同じではない。

受け入れようとしても、できない日がある。

どうして自分だけ、と思ってしまう日もある。

それは、弱さなのだろうか。

Flowerの中でも、このテーマは何度も話し合われてきた。

「障害者であることを認めないといけないのか?」

その問いに、はっきりとした答えは出なかった。

ある人は、「受け入れることで楽になった」と言う。

別の人は、「無理に受け入れようとすると、逆に苦しくなる」と言う。

どちらも、本当の気持ちだと思う。

だからこそ、一つの答えにまとめることはできない。

そもそも、「認める」とはどういうことなのだろう。

「障害がある自分でもいい」と思うことなのか。

「これが自分だ」と納得することなのか。

それとも、「気にしないで生きていく」ことなのか。

人によって、その意味は違う。

そして、その状態にたどり着くまでの時間も違う。

すぐに受け入れられる人もいれば、

何年もかかる人もいる。

あるいは、一生かかっても、完全には納得できないかもしれない。

それでも、いいのだと思う。

無理に答えを出さなくてもいい。

大切なのは、「どうあるべきか」ではなく、

「今、自分がどう感じているか」なのかもしれない。

障害を意識せずに過ごせる日もあれば、

強く意識せざるを得ない日もある。

その揺れの中で、人は生きている。

あるメンバーがこんなことを言っていた。

「この体で生きてきたから、これが自分にとっての普通」

その言葉には、無理に納得しようとする感じはなかった。

ただ、今の自分をそのまま見ているような、そんな感覚だった。

もしかしたら、「認める」という言葉にこだわりすぎなくてもいいのかもしれない。

受け入れるでもなく、否定するでもなく、

ただ「そういう自分がいる」と思えること。

それも一つの在り方だと思う。

「障害者であること」を認めるべきかどうか。

その問いに、正解はない。

でも、その問いを持ち続けること自体が、

自分と向き合うことなのかもしれない。