About his puja and pray(1)
2014年の初来日以降、シャームジは彼を慕う日本人の皆様のために、バラナシにてプージャと呼ばれるヒンドゥー教の儀式、お祈りを捧げてきました。
前にも述べたように、彼のプージャ・お祈りは数々の小さな奇跡、あるいは医師も首を傾げるような奇跡を呼び、シャームジの祝福を多くのかたがたに届けたいという思いから、このサイトは生まれました。
どうすればシャームジのプージャ、お祈りが受けられるのかというご説明の前に、ここではごく簡単にですがヒンドゥー教について説明を試みようと思います。このサイトを訪れて下さるかたがたはインド文化、ヒンドゥー文化への造詣も深いと思いますので、不要かもしれませんが、なにとぞお付きいあいください。
西トルキスタンの平原部で牧畜を営んでいたアーリア人が北インドのパンジャーブ地方へ侵入を始めたのは、紀元前1500年頃とされています。
当時のアーリア人の宗教は、神々に供物やいけにえ、ソーマと呼ばれる特殊な酒を捧げるというものだったようです。
また侵略といっても、武力を行使するのではなく、ゆるやかなものであったらしい。
けれども先住民の農耕文化から小麦の生産を学んだアーリア人社会は次第に、その姿を変えていきます。生産性の増大、定住性などから王権が強化され、先住民を隷民とする階級が形成され、バラモン(僧侶階級)を頂点とする、現在のカースト制の原型が、すでにこの頃できあがったとされています。
紀元前1000年頃から、アーリア人社会は東方のガンジス川流域の肥沃な土地へと移動を開始。この時も武力行使ではなく、祭祀を司るバラモンの権威によって、先住民を帰依させていきました。
バラモンたちは自分たちの権威を高めようとし、儀式はより複雑なものになっていきます。当時は儀式の手順や、マントラと呼ばれる呪文を間違えると、社会全体に大きな災いが及ぶと考えられていたため、儀式の手順やマントラを正確に暗記する必要が生じてきました。
こうして編纂されたのが、ヒンドゥー教の聖典ヴェーダです。編纂されたというよりも、集成されたといったほうがふさわしいかもしれません。なぜなら、ヴェーダは太古にリシ(聖賢)が神からのインスピレーションを得て、修得したと考えられているからです。
このため、ヴェーダの学習は文字によらず、師から弟子へと口伝により伝承されていきました。
ヴェーダは、神々への賛歌集であるリグヴェーダ、マントラなどの集成サーマ・ヴェーダ、儀式の集成ヤジュル・ヴェーダ、祈祷と呪術の集成アタルヴァ・ヴェーダの四ヴェーダから成っています。
8歳からアシュラムで膨大な四ヴェーダや、ウパニシャットと呼ばれるヴェーダンタ哲学を学んできたシャームジも、古代の伝統に則った口伝による暗記でした。
以下の写真では、ガンガー・アラティプージャに参列した少年僧が、ヴェーダの音程を、手のひらを上下することで体現しています。ちょっとカメラ目線ですが(笑)
2014年10月バラナシにて撮影。
さて、紀元前600年頃になると、アーリア人と先住民との混血が進み、農業も小麦から米へと発展し、物質的には豊かな社会となっていきます。その結果、コーサラ、マガダなど大国ができあがり、王族の権威は増大し、反対にバラモン階級はその威信を失っていきました。
これは社会的混乱と退廃をまねき、社会から離れて、新しい思想を追求しようという一群の出家者を生み出しました。その中の一人がゴータマ・シタルダ、すなわち仏陀です。
仏陀と同じ頃に、人々の精神的指導者として活躍した人物に、ニガンタ・ナータブッダがいます。この人も仏陀と同じく王族として生まれつき、30歳で出家。ジナ(修行を完成した人の意)と崇められたことから、ジャイナ教の始祖となりました。
ジャイナ教の教えは徹底した不殺生で、ジャイナ教徒は肉、魚、卵を退けるだけではなく、野菜もイモ類のように根がつながっているものは避け、大根、レタス、トマト、きゅうりなどしか食しません。
新興勢力の仏教、ジャイナ教は、バラモン主体のバラモン教に大きな影を落としましたが、バラモン教はヒンドゥー教に変容することで生き残りました。
どのような変容を遂げたかというとーー
1)土着の神々の取り込み 2)身近な人格神としての神々への信仰 3)『マヌ法典』などによる生活上の規範の確立があげられます。
1)と2)に関しては、一切衆生の救済を説く大乗仏教が大きく影響しているといわれています。仏教のみならず、それまでヴェーダでは認めていなかった土着の神々を積極的に取り込んだことが先住民をはじめ、広く人々の心に訴えかけていったわけですが、この過程は清濁併せ持ち、とうとうと流れるガンジス川を思わせます。
土着の神々の代表的な例をいくつかあげると、暴風神ルドラ、軍神インドラ、太陽神スーリヤ、火の神アグニなど。ルドラはシヴァ神の前身とみなされています。
もちろん女神も存在します。南インドで信仰されていたミーナクシー女神(魚の目を持つ女神=つねに大きく目を見開いて、世界を見ている女神)、太陽神と同一化されるサヴィトリ女神。
そして、広大な大陸を潤し、恵みを与えるガンジス川は女神として神格化され、インド全土で祈りの対象となっていました。
つまり、シャームジが毎夕、モンスーンの季節も、酷暑の5月も欠かさず執り行っているガンガー・アラティプージャは、ここまで起源を遡った信仰に基づいているのです。
次項は、ヒンドゥー教の最高神とされるブラフマー神、ビシュヌ神、シヴァ神について。
⁂参考文献『ヒンドゥー教の本 インド神話が語る宇宙的覚醒への道(学研)』