相続法改正その3(預貯金の払戻し)
1 従来の考え方・取扱い
遺産相続が生じ、遺産分割請求として事件が家庭裁判所に調停あるいは審判という形で
係属した場合、民法427条により法律上当然に分割されるところの可分債権ということ
で、遺産分割の対象とはならないという考え方(最高裁判決H16.4.20)
ただし、家庭裁判所の実務では、相続人間の合意がある場合に限って遺産分割の対象に
なるとされてきました。
上記最高裁の考え方からすると、銀行などにある被相続人の預金は、相続人の法定相続
分に従って当然に分割されたことになるので(これを当然分割という)、各相続人は、自
分の相続分に相当する金銭を上記銀行から下ろせるはずです。
ところが、銀行などの金融機関の実務では、遺産分割協議書などの相続人全員の合意が
なければ、預金の払戻しには応じない対応がとられていました。
ここに、裁判所と銀行などの金融機関との間に齟齬が生じていたため、そのはざまで、
相続人たる市民の方々は困惑する状況がありました。
これを受けて、近時、最高裁(H28.12.19決定)は、預貯金さらには現金も含めて、これ
らを相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないとして(従来の当然分
割の考え方を改め)、遺産分割の対象とする判断(判例変更)をしました。
その結果、被相続人の預貯金については、相続開始後、遺産分割前の払戻しは、共同相
続人全員の合意がなければできないという銀行実務に従うことになったわけです。
2 相続人らにとって不都合な実態
被相続人が死亡後、同人の葬儀費用、お墓の手配、相続債務の支払いや相続税の支払い
などの必要から被相続人の生前有していた現金や預貯金を下ろして使う必要が生じること
があります。
しかし、上記1のような銀行実務から、肝心なときに被相続人の預金口座が相続開始を
知った銀行によっていわば凍結されて、共同相続人全員の合意を証する書面などがないと
払戻しには応じられない旨の対応を示されることになります。
親族や身寄りのない親類の相続を経験したことのある方であれば身をもって体験された
こともあるのではないでしょうか。
3 今回の法改正(2019年7月施行)
(1) 預貯金の払戻し制度の創設
遺産に属する預貯金債権のうち、一定額について、共同相続人全員によらなくとも相
続人のうちの一人による単独での払戻しを認めるものとした。
単独で払戻しができる額=相続開始時の預貯金債権の額×(3分の1)×法定相続分
ただし、1つの金融機関から払戻しが受けられるのは150万円まで
(2) 家庭裁判所の保全処分(要件の緩和)
家事事件手続法を改正(家事事件手続法200条3項の新設)し、仮払いの必要性が
あると認められる場合には、他の共同相続人の利益を害しない限り、家庭裁判所の仮払
いの許可を得て、特定の預貯金債権の全部又はその一部を仮に取得させる形で利用でき
ることにした。
従来は、遺産分割の保全処分として、「強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫
の危険を防止するため必要あるとき」といった保全の必要性が厳格で、保全処分を利用
するハードルが高かったのが、緩和されたことになります。
しかし、家庭裁判所の上記保全処分を利用するには、本案事件として遺産分割手続の
申立てが当該裁判所に係属していることが依然として要件とされていることからする
と、利便度は、上記(1)に劣るとは思います。なぜなら、このような要件は、弁護士など
の専門家の代理人が付いていないと利用しにくいからです。
今後、改正後の頻繁な利用が期待されるのは、専門家に依頼することなく、相続人が単独でも利用できる(1)の制度となりましょう。
以上