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一号館一○一教室

アランチャ・エチェバリア監督『アンダーカバー 二つの顔を持つ女』

2026.08.06 01:28

ドン・キホーテが
現代によみがえった?


824時限目◎映画



堀間ロクなな


 このチグハグぶりは一体、どうしたわけだろう? スペインの女性監督、アランチャ・エチェバリアの実話にもとづくポリティカル・サスペンス映画『アンダーカバー 二つの顔を持つ女』(2024年)を観ながら、しばしば胸に去来した思いだ。



 1990年代のスペインでは、バスク地方の分離・独立をめざして過激派組織ETA(バスク祖国と自由)によるテロ行為が猖獗をきわめ、その対策をめぐって内務省管轄の国家警察と国防省に属する治安警備隊がしのぎを削っていた。こうしたなか、国家警察のアンヘル・サルセド警部(ルイス・トサル)はひそかにETAへの潜入捜査を企て、諜報部志望の女性警官モニカ・マリン(カロリーナ・ユステ)に白羽の矢を立てる。そこで、「恐らく何年もかかるだろう。当然、親兄弟にも秘密だ。もしバレたら敵に殺される危険があるし、死んだって殉職扱いにならない。きみの犠牲は闇に葬られるだけだ。また、たとえうまくいったとしても賞讃を得られることはない」と告げると、モニカはふたつ返事で引き受けた。



 「ええ、けっこうですとも」



 ぜひ社会に貢献する役目を果たしたい、というのがその動機で、ただひとつの条件として求めたのは愛猫スアをともなうことだった。それは、彼女のけなげな性格を示すものだとはいえ、非情きわまりない任務に対してあまりにもチグハグな態度ではなかったろうか。



 それだけではない。彼女はいったん故郷に帰ってから、アランチャという変名でバスク地方に入り込み、精肉店で働きながら左派の活動家としてプロパガンダに携わって6年が経過したころ、いよいよETAが目をつけて接触してきた。この段階で、サルセド警部は24時間の監視体制のため専従チームを組織したものの、寝耳に水の上司からスキャンダルとなりかねない捜査手法に即刻中止命令が下されたのは、国家警察内部での両者の功名争いという事情もあったゆえだ。万事休したサルセド警部が作戦からの撤退を指示すると、モニカは断固として拒絶するのである。



 「これが私の人生なのよ!」



 こうして主役の座はモニカとなり、サルセド警部はあとを追いかける立場に。そんなチグハグぶりは、国家警察の側にとどまらず、かれらがターゲットとするETAの側も負けていない。



 どうやら、ETAはモニカのアパートの部屋をアジトにすると決めたらしい。まず若い男のメンバーが送り込まれてきて、殺人を犯して刑務所から脱走してきたという触れ込みだったが、相手は大言壮語を吐くばかりで部屋でゴロゴロするうち、モニカに籠絡されて恋情に溺れてしまう。突如、ETAが無期限停戦を宣言したとテレビが伝えるなかで、新たに高名なテロリストがやってくる。その男によると報道は偽装で、これから暗殺するという政治家や裁判官のリストを持参していたが、そんな計画がある割には慎重さに欠け、みずからを英雄と見なして粗暴に振る舞ったあげく、モニカの愛猫スアを折檻して墓穴を掘る。最後に、隣国フランスでETAの最高幹部が摘発されたことで、ふたりは逃走しかけたところをサルセド警部のチームによってあっけなく捕まってしまうのだ。



 このクルド地方独立運動をめぐる、隅々までチグハグな攻防戦は何を意味しているのだろうか? ふと、わたしはひとつの情景を思い浮かべずにはいられない。



 「黙れ、友のサンチョ。そもそも戦いというものは、他のいかなることにもまして、時の運に左右されがちなものなのじゃ」(牛島信明訳)



 永遠の騎士ドン・キホーテが愛馬ロシナンテにうちまたがり、従者サンチョ・パンサをしたがえて、高々と槍をかまえて風車に立ち向かったという、あの有名な場面で口にされるセリフだ。ドン・キホーテを潜入捜査官モニカに、ロシナンテを愛猫スアに、サンチョ・パンサをサルセド警部に、そして、バタバタと回転する風車を過激派組織ETAに置き換えてみれば、すっかり映画のストーリーに重なってくるではないか。ヨーロッパ大陸の南西端に位置し、キリスト教とイスラム教が入り混じり、さまざまな人種のるつぼとして歴史を積み重ねてきたかの国においては、社会の理想をめざしてのチグハグぶりこそが摂理なのだろう。ドン・キホーテたちはいまも生き生きと暮らしているようなのである。



 映画は、国家の治安機関と市民たちの協力によって2018年5月3日にETAの組織が解散し、59年の歴史のなかで850名以上の人々が犠牲となったことを告げて結ばれている。