8/23 「地の果てのあなたに」 三浦 遙牧師 聖句:使徒13:44-52
本日の箇所は、パウロとバルナバの最初の宣教旅行の場面です。この旅は決して輝かしいものではありませんでした。助手のマルコ(別名ヨハネ)は途中で離れ、二人は山賊の出る160キロの山道を、標高1100メートルの高原へと登っていきます。パウロは病を抱えていたようです。後にはマルコをめぐって二人自身が激しく衝突し、別々の道を歩むことになる。中々に人間くさい旅だったのだと思わされます。
たどり着いたピシディア州のアンティオキアは、皇帝アウグストゥスが造り直したローマの植民都市でした。丘には皇帝を神とする神殿が立ち、この町からは『アウグストゥス業績録』の碑文が発見されています。刻まれていたのは、アウグストゥスこそ地の果てにまで平和と救いをもたらした主である、という主張でした。その只中でパウロは語ります。47節「わたしは、あなたを異邦人の光と定めた、あなたが、地の果てにまでも救いをもたらすために」。同じ言葉でありながら、向きがまるで反対です。ローマの「地の果て」は支配の一番端っこ、いわばおまけのような場所。けれども神は、その端に立つ人を目がけてまっすぐに向かっていかれる。地の果ては、おまけではなく目的地なのです。
この言葉はイザヤ書49章6節の引用で、もともとは国を失い忘れられたと思っていた捕囚の民に語られた言葉でした。この町で端にいたのは、割礼を受けず正式な仲間に数えてもらえないまま会堂の隅にいた「神をあがめる人々」でしょう。その人たちに、あなたはおまけではないと告げられたのです。しかし二人は町から追い出されます。動いたのは同じ「神をあがめる」人々でした。私たちもまた「われわれに相応しくない」と壁を作ってしまうことがあるのかもしれません。それでも52節、弟子たちは喜びに満たされていたと記されています。苦しい時にこそ主の言葉に励まされる。毎週礼拝を守り元気付けられることも同じなのだと思わされます。端へ端へと追いやられている人にこそ、言葉と業とで神の救いを示していければと願います。