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「宇田川源流」【日本報道検証】 なぜゴリラ?落選議員が集まって「絶滅危惧種」を名付ける

2026.08.26 22:00

「宇田川源流」【日本報道検証】 なぜゴリラ?落選議員が集まって「絶滅危惧種」を名付ける


 毎週火曜日と木曜日は、「日本報道検証」として、まあニュース解説というか、またはそれに関連するトリビアの披露とか、報道に関する内容を言ってみたり、または、報道に関する感想や社会的な問題点、日本人の文化性から見た内容を書き込んでいる。実際に、宇田川が何を感じているかということが共有できれば良いと思っているので、よろしくお願いいたます

 さて今回はなぜゴリラなのか?落選議員が集まって「絶滅危惧種」を名付ける、と題して、中道改革連合の落選議員19名が集まって、新たな政治団体「ゴリラ」を造ったということに関して見てみたいと思います。

なお、参考記事の中にもありますが「護憲リベラル共生」の中から文字を出して「ゴリラ」となったとのことで、まあ、動物のゴリラを連想しているのではないということですが、実際に「ごりら」は国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストの中にニシゴリラとヒガシゴリラの二種類すべてが絶滅危惧種に指定されています。なお、ここでは動物の「ごりら」をあえて政治団体名の方と区別するために、ひらがなで表記しました。

さて「ごりら」を意識しているわけではないにしても、落選してしまい、次回の選挙でも国会に戻ることができるかどうかわからない「風前の灯」の人々が、絶滅危惧種の動物の名前を冠にした政治団体を作るということが、なかなか興味深い。絶滅危惧種であれば、当然に世界が保護をしてくれるというような「保護を求めた」内容なのであろうか。というような穿った見方をしてしまうのも仕方がない。

このような状況で「結構いいネーミング」と思っている時点で、いかがなものかというような感じがしてしまう。まあ、名前のことでいろいろ言っても意味がないので、もう少し突っ込んでこの政治団体ゴリラについて考えてみましょう。

<参考記事>

中道落選者ら「ゴリラ」設立 護憲リベラル掲げ16人か「毎晩憲法前文読んで寝る」川内氏

8/19(水) 16:51配信 産経新聞

https://news.yahoo.co.jp/articles/def0228f1de8c1ab958930832a9672c7e11b0e88

<以上参考記事>

 2月の選挙で結果を残せなかった政治勢力やその理念を維持したまま、落選議員を中心として新たな政治団体を立ち上げることに対して批判的な視点が存在するのは、極めて自然な反応と言えます。

 こうした動きに対して懐疑的・否定的な見方が生じる主な理由は、有権者からの信認と方針の一貫性に関わる点にあります。選挙は政治家や勢力の方針に対する有権者の明確な審判であり、理念や政策を掲げて挑んだ選挙で敗北したという結果は、その路線が国民の広範な支持を得られなかったことを示します。にもかかわらず、大きな路線変更や敗因の分析・是正がないまま同様の主張を掲げて再結集を図る姿勢は、選挙で示された民意を十分に受け止めていないのではないかという懸念を招きやすくなります。

 また、落選議員が主導して新たな団体を結成する試みは、理念の追求というよりも次の選挙に向けたポスト確保や個人の政治生命を維持するための枠組み作りに映ってしまう側面があります。一度下された審判の直後に同質の勢力を再構成しても、有権者から見れば新新鮮味や説得力に欠け、政治的な受皿としての実効性に疑問符が付けられることになります。

 さらに、国民の多くが日々の経済生活や具体的な政策課題に対する解決策を求める中で、理念的な主張や憲法議論を前面に押し出すアプローチそのものが、現代の多様な政治的ニーズとズレを生んでいるという見解もあります。同様のメッセージで支持を得られなかった経験がありながら、同じ枠組みで活動を再開することに対しては、現実的な課題解決よりも勢力の維持を優先しているという厳しい評価がなされやすいのが実情です。

またこの「ゴリラ」のもととなった「護憲」「リベラル」「共生」ということに関しても見てみましょう。

 まず国民感情の観点から見ると、高度経済成長期や冷戦期とは異なり、現代の日本人が直面している最大の関心事は日々の生活水準の維持や経済的な安定、そして急速に変化する安全保障環境への対応です。従来の「護憲」を最優先とするスタンスは、憲法を守る姿勢そのものが自己目的化しているように捉えられがちであり、具体的な生活課題や現実の脅威に対する明確な解決策を提示できていないという印象を強めています。そのため、理念的な主張に終始する姿勢が、実用的な政策を求める多くの有権者のニーズと噛み合っていないという冷ややかな見方が広がっています。

 次に、世界情勢との適合性という点においては、国際社会の急激な変化が大きな要因となっています。現在、ロシアによるウクライナ侵攻や台頭する軍事的威嚇、さらには世界各地で頻発する地政学的リスクにより、かつての「対話と協調」を前提とした国際秩序の枠組みは著しい揺らぎを見せています。こうした力による現状変更の試みが現実のものとなる中で、平和主義や対話による平和構築を強調する「護憲・リベラル」の論理は、現実的な抑止力や安全保障の基盤を欠いた理想論として受け取られやすくなっています。

 また、「共生」という概念についても、多文化共生や多様性の尊重という理念そのものは重要視されるものの、自国の安全保障や国民生活の安全、経済的権益を守るという国家の基本的な役割とのバランスが問われています。世界的にナショナリズムの再評価や自国優先の傾向が強まる中、具体的な防衛策や秩序維持のための制度設計を欠いた共生論は、激動する安全保障環境に対して無防備であるという危機感を国民に抱かせる原因となっています。

 このように、厳しい安全保障の現実と経済的な課題に直面する現代社会において、具体的かつ実効性のある対応策を提示しにくい従来の理念体系は、時代や国民の危機感とズレを生じさせているという実態が存在します。

 選挙での惨敗を経てさらに別の政治団体が乱立する動きは、特定の政党やグループだけでなく、旧来のリベラル・中道勢力全体が深刻な求心力の低下に陥っていることを象徴しています。まず 中道改革連合 については、もともと「自民党に対抗するための集結」という選挙対策の側面が強く、明確な共通理念や確固たる政策軸で団結していたわけではありませんでした。そうした枠組みが選挙で壊滅的な結果となった後、敗北を受け止めて一つの方向へまとまるどころか、落選議員らによる別の団体が独自に立ち上がる事態は、組織としての統一感や指導力が完全に失われていることを示しています。集団の統合すら保てない姿は、政権の受け皿としての信認を自ら放棄しているのに等しく、有権者からの失望を一層深める原因となっています。

また、元々の母体である 立憲民主党 や 公明党 もまた、双方にとって都合の良い数合わせの野合であったという批判を免れ得ず、かえって双方の従来の支持層を離反させる結果となっています。立憲民主党側の支持者から見れば、自らの理念や政策を希薄化させてまで他党と合流した挙句に敗北したという失望感があり、公明党側の支持層にとっても、長年の野党批判から一転して即席の合流を選んだ判断に対する不信感が根強く残っています。結果として、どちらの党も本来持つべき独自性や支持基盤の揺らぎを強めてしまいました。

このように、敗北した枠組みからさらに分裂・派生する動きが相次ぐ構造は、単に一団体の支持率低迷にとどまらず、関係するすべての政党やグループが有権者の選択肢から外れていく負のスパイラルを生み出しています。明確な理念の再構築や反省なしに小手先の枠組み作りを繰り返す姿勢そのものが、今の厳しい情勢において政治勢力全体が急速に支持を失っている最大の要因であると言えます。

 政治勢力や政党の再編をめぐっては、組織を刷新して再生を目指すべきだという改革案が存在する一方で、構造的な問題から改革は極めて困難であるとする冷ややかな見方も根強く存在します。

 改革を求める側の提案としては、まず徹底した敗因分析と過去の理念からの脱却が挙げられます。従来の「護憲」や「リベラル」といった特定の理念的スローガンにこだわる姿勢を一度白紙に戻し、現実の安全保障環境や物価高・人手不足といった具体的な経済・生活課題に対する実現可能な政策を前面に出すべきだという意見です。また、理念の一致しない政党同士の安易な統合や、落選議員主導による小手先の再編を繰り返し行わないことも強く求められます。有権者にわかりやすい対立軸を提示し、次世代のリーダー育成や若返りを図ることで、古い政治的構図の焼き直しではない新しい姿を示すことが再生の第一歩であると主張されています。

 一方で、そうした改革は現実的に不可能に近いとする懐疑的な声も少なくありません。理由として、これらの政党や勢力が抱える組織構造と支持基盤の問題があります。党を支える主要な支持団体や長年のコアな支持層ほど、従来の理念や防衛政策の維持を求める傾向が強く、実質的な路線変更を試みようとすれば内部対立やさらなる分裂を引き起こすリスクが高いと指摘されます。さらに、野党勢力内での主導権争いや党内の意思決定の遅さ、そして度重なる再編で有権者からの信認や期待感そのものが完全に途切れてしまっている現実もあります。一度「頼りない」「選挙のためだけの集まり」という印象が定着してしまった以上、どのような組織改革を行っても政権交代の受け皿として再評価されるのは極めて困難であるという見解が支配的です。

高市内閣を批判する声はいくらかでもありますが、それよりも野党はもっとひどいということが現状でしょう。野党支持の皆さんは、まずは野党を整えることをしっかりと行うべきではないでしょうか。他人の批判しかできない人は、其れすらできないということなのかもしれません。