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脳性麻痺ライター・著者 東谷瞳  |障害と生きる日々

16.「障害があるから嫌だ」と言われた日のこと

2026.08.24 23:59

「あの子、障害者だから嫌だ」

その言葉を、初めて聞いたときのことを、今でも覚えている。

頭では理解できなかった。

——どういうこと?

何が「嫌」なのか。

何が違うというのか。

一緒に話して、笑って、同じ時間を過ごしていたはずなのに、

たった一つの言葉で、その関係が切り分けられてしまったように感じた。

そのとき、胸の奥に、重たいものが落ちてきた。

悲しさなのか、悔しさなのか、うまく言葉にできない感情だった。

それまで、自分の中では「障害があるかどうか」は、

人を分ける理由にはならなかった。

気が合うかどうか。

一緒にいて楽しいかどうか。

それだけで、十分だった。

でも、その出来事をきっかけに、気づいてしまった。

——そう考える人もいるんだ、と。

見えなかったものが、急に見えてしまったような感覚だった。

どうして、障害があるだけで、距離を置かれるのだろう。

動きがゆっくりだから?

みんなと同じようにできないことがあるから?

でも、それは「嫌だ」と思う理由になるのだろうか。

考えれば考えるほど、答えは見つからなかった。

ただ一つわかったのは、

その言葉が、人の心を深く傷つけるということだった。

Flowerに参加してから、この出来事を思い出すことがあった。

そして、同じような経験をしている人が、他にもいることを知った。

直接言われた人。

陰で言われた人。

態度で感じ取った人。

形は違っても、同じような痛みがそこにあった。

でも同時に、こんな気づきもあった。

「知らないから、そう思ってしまうのかもしれない」

関わったことがない。

話したことがない。

どんな人なのか、知らない。

だから、イメージだけで判断してしまう。

怖い、不安、どう接していいかわからない。

その気持ちが、「嫌だ」という言葉に変わってしまうこともあるのかもしれない。

もちろん、それでいいわけではない。

傷ついた事実は、消えない。

でも、「なぜそう思ったのか」を考えることで、

少しだけ見え方が変わることもある。

あの日の言葉は、今でも忘れられない。

でも同時に、その言葉があったからこそ、考えるようになった。

どうすれば、人は人を「違い」だけで判断しなくなるのか。

どうすれば、「知らない」を減らしていけるのか。

簡単に答えは出ない。

でも、少なくとも言えることがある。

それは、「関わること」でしか、変わらないということ。

一緒に過ごして、話して、笑って、

少しずつ相手を知っていく。

その積み重ねの中でしか、「嫌だ」という感情は変わっていかないのかもしれない。

あの日の言葉は、痛みとして残っている。

でも同時に、問いとしても残っている。

その問いに向き合い続けることが、

少しずつでも、何かを変えていく力になるのだと思う。