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apricot 駅 終着

2019.03.20 09:17

3月15~17日全6公演

舞台「apricot」

無事 全てのトレインが走り終え、車庫へと帰って行きました!


沢山の方に愛して頂いた作品。

満員御礼!


今作は季節の移り変わりと、登場人物の心情のリンク。映画っぽい演出にこだわりました。


いかがでしたでしょうか?


毎公演アドリブシーンもあり、ハラハラドキドキでしたね!


「笑い泣き」これが1つのGRプロデュースの形になってきているかもしれません!


笑っていたのに最後は泣いている。



これからもそういう作品を届けて行きたい!

GRの公演をこれからも応援よろしくお願いします!


長くなるからこれくらいで!

駅長室へ戻ります。

最後に、原案を書く中で脚本の梢さんが生み出したAnother storyを…。


apricot episode ZERO


1994年の春。

街の外れの河原で、真平は自転車を走らせていた。

梅の花は散り、桜のつぼみが膨らんでいる。顔をたたく風は冷たいが、春のにおいが混じって心地よい。彼は幼いころにしていた遊びを、ふと、思い出した。

自転車をこぎながら、両手を放して大きく広げ、胸を開く。こうしたら、空も飛べるような気持になった。今も、まだその心は残っているだろうか。ふと我に返ったときには、すでに遅かった。

「あっ」

女の声が聞こえた次の瞬間、大きくハンドルをきった。自転車とともに河原を転がり落ち、川の浅瀬に突っ込んだ。しばらく状況を認識するのに時間がかかった。いや、実際はそんなにかかっていなかったのかもしれない。痛みはどこにもない。天を仰ぎ、水の冷たさと驚きでなぜだか笑いが込み上げてきた。

「すみません!大丈夫ですか!?」

あ、あの女の声だ。そうだ、こいつが本を読みながら前から歩いてきたのを、俺はよけようとしたんだよ。

文句を言おうと起き上がろうとすると、少し震える手が、差し出された。

その時初めて、真平は女の顔を見た。涼しげな目元、白い肌。寒さで少し赤みを帯びた頬と、暖かい色の唇。驚きと安堵が入り混じっている、不思議な親しさをたたえた表情。

「あ、すんません」

握ったその手は細く、冷たいくせに、力強かった。ああ、転がり落ちてよかった、と彼は思った。

 

女は、杏花(きょうか)といった。

読書が好きで、口数は少ないが、気は決して弱くない。

社交的で明るく、元気にふるまうことで弱さを隠そうとする真平とは、真逆だった。

そんな二人がこうして運命的に出会ってから、恋人になるのに時間はかからなかった。

 

真平は父がおらず、生まれたときから母と二人家族だった。母は、気が強くて豪快で―少なくとも真平の前ではそうだった―笑顔が愛らしい人だった。真平は幼いころから、喫茶店でパートをしていた母から、コーヒーの淹れ方や料理を教わった。毎朝、真平が淹れたコーヒーを二人で飲むのが日課だった。おいしい、と目を細める母の顔を見るのが好きだった。将来の夢は、喫茶店の店長だった。

 

もう、その顔を見れなくなってから7年がたつ。

 

杏花が初めて家に来た日の朝、真平が淹れたコーヒーを二人で飲んだ。

おいしい、と、彼女は目を細めた。

 

二人は結婚を決めたが、杏花の父は、親のいない真平を認めなかった。

半ば駆け落ちのような形で、若い二人の新婚生活が始まった。

質素でも、幸せな生活。何とか工面したお金で、喫茶店を開いた。子どもにも恵まれた。名前は、二人のから一文字ずつとって、杏平(きょうへい)。杏平は健やかに成長し、真平は、母がそうしたのと同じように子供にコーヒーの入れ方や料理を教えた。杏平にとって、喫茶店は世界一輝いている場所だった。優しいしっかりものの母と、少しおっちょこちょいで明るい父親と、コーヒーの香り。この幸せが永遠に続くと信じて疑わなかった。

 

終わりは突然にやってきた。杏平が4歳の冬、ある夜。小さな、家族のすべてが詰まった喫茶店は、火事で全焼した。

 

3人は古いアパートに引っ越した。

家に、強面の男性が訪ねてくるようになった。真平は毎日朝早く家を出て、杏平が眠った後に帰ってくる。日を追うごとに、真平の笑顔が少なくなっていった。ある夜、杏平は大きな物音で目が覚めた。襖の向こうから、男たちの怒鳴り声と、母の静かな声が聞こえる。父はいならしい。「ママが危ない」そう思ったが、恐怖で動けない。布団の中で、自分の鼓動と呼吸に耳がつぶれそうだ。激しく階段を駆け上がる音とともに、父の声が聞こえた。大きくなる怒鳴り声の押収、何かがぶつかる音。遠ざかる騒音と、静寂。

何時間も経ったように感じられた。杏平は、恐る恐る布団を抜け出し、襖の隙間から向こう側を除いた。男たちの姿は無く、父と母だけだった。静かな声で何か話している。襖をあけ、二人の腕の中に飛び込みたかった。が、彼は襖にかけた手を止めた。

 

母が泣いていた。母の涙を見たのは、初めてだった。

 

見てはいけないものを見てしまったような気がして、杏平は布団に戻った。布団の中で、杏平も声を殺して泣いた。聞かれてはいけないと思ったから。泣いて泣いて、疲れていつの間にか眠っていた。

 

翌朝、目が覚めると、母が横に寝ていた。驚いた。いつも杏平が起きるときは、母はもう朝ご飯を作っているからだ。

 

その日から、父は帰ってこなかった。このとき既に、杏花のお腹には、二人目の命が宿っていた。

 

杏平は母に連れられて、母の実家に住むことになった。祖母は、優しく、面白い人だ。祖父は、もういないらしい。

母は、ここに来てからも、いつもの優しい母だ。涙を流していたあの夜のことは、忘れようと杏平は思った。

 

実家に戻って間もなく、杏花は杏平の弟を生んだ。名前は、「真(まこと)」。

 

真が2歳になる冬、杏花は病に倒れた。「ほんのちょっと、入院するだけだから。」その言葉を信じて、杏平は母の帰りを待った。母を恋しがる真をあやし、祖母が母の見舞いに行っているときは真を保育園に迎えに行く。音読の練習だと言って、絵本の読み聞かせもした。6歳の少年には過酷な環境だったが、こんな日々でも、祖母のユーモアと杏平の父譲りの明るい性格で、この小さな家庭は明るかった。

母の見舞いに行くたび、帰ってきたら何がしたい?と聞く杏平。母はそのたびに、杏平と真がしたいことを全部やろうね、と言ってくれた。

しかしある日、しばらくお見舞いに来てはいけないらしい、と祖母に告げられた。

これが、しばらくは、最後のお見舞い。

その日も杏平は、同じように聞いた。帰ってきたら何がしたい?

「杏平が淹れてくれたコーヒーが飲みたいな。」

そういって母は、目を細めた。初めて、母から言われたお願いだった。

 

もうすぐ春になろうとしていた。

小学校で、先生に呼ばれた。すぐに病院に行きなさい、と。

 

病院に着くと、祖母が真を抱いて待っていた。3人で病室に入る。

ベッドに寝ている母は、すっかり痩せて、別人のようだった。

母はゆっくり目をあけ、杏平を呼んだ。

細い手が、信じられない力強さで杏平の手を握った。

 

それが、母の最期だった。