身体は言葉になる前から知っている 2026.08.27 12:13 先日、車を運転しながらラジオを聴いていたら、思わず「そうそう、それ!」と言いたくなる話が流れてきました。話していたのは、早稲田大学の経営学者、入山章栄さん。経営や意思決定という、ものすごく頭を使いそうな世界の話をしているのに、出てきたのは「身体感覚」や「違和感」、そして「内受容感覚」という言葉でした。頭で論理的に考えるだけでは拾えない情報が、体にもある。それをバリバリの経営学者がめちゃ大事なことだよ、と熱く話している。なんだか嬉しくなりました。ヨガを長くやっている私にとって、「体の声を聞く」という感覚はとても身近です。呼吸や心拍、お腹の感覚、胸のざわつき、力が入る感じ、ふっとゆるむ感じ。そういう体の内側の変化を、ずっと観察してきました。腸と脳が密接につながっていることも、内臓から脳へたくさんの情報が送られていることも、内受容感覚というものがあることも知っていました。でも、経営や意思決定という別の世界からその話を聞いたとき、「ああ、ここにもつながっているんだ」と。私はもともと、思いついたら動きたいほうです。決めたら進みたい。できることならスピーディーに。止まらず、どんどん先へ行きたい。だから何かを決めるときも、考えて、整理して、納得したら進む。でも最近は、その途中で「一旦止まる」ことが増えました。頭ではこれでいいと思っているのに、なんとなく胸騒ぎがする。理由は説明できないけれど、少し引っかかる。そんなときは、すぐに答えを出さず、少し様子を見てみます。するとあとになって、「ああ、私はここが嫌だったんだ」「ここに無理があったんだ」と、理由が見えてくることがある。最初は言葉にならなかったものに、あとから言葉が追いついてくることがあるんですよね。内受容感覚とは、心拍や呼吸、胃腸の状態、体温など、体の内側で起きている変化を感じ取る感覚のこと。胸がざわつく。お腹がきゅっとする。呼吸が浅くなる。反対に、呼吸が深くなったり、胸のあたりがすっと楽になったりすることもある。私たちは、こうした体からの情報も受け取りながら生きています。もちろん、違和感がいつも正解とは限りません。緊張や過去の経験、疲労によって体が反応することもあります。だから、頭か体か、どちらか一方に答えを求めるのではなく、両方を見てみる。そして、すぐに答えが出ないときは少し待つ。私は最近、この時間を以前より大切にしています。「腹落ちする」「腑に落ちる」という日本語も、あらためて面白く感じます。本当に納得したとき、私たちは「頭に落ちた」とは言いません。「腹落ちした」「腑に落ちた」と言います。「腑」は、内臓を表す言葉です。知識として理解することと、自分の奥まで納得すること。昔から私たちは、その違いを体で感じてきたのでしょうね。私も今回、ずっと知っていた内受容感覚という知識が、自分の経験とまたつながりました。知っていたことが、ある日突然、「ああ、これのことか」に変わる。「知る」と「わかる」の間には、体がいる。最近、そんなことを感じています。