背中の向こうにも、空間は続いている 2026.08.31 08:23 私がいらない力を少しずつ手放せるようになったのは、いつからだったんだろう。そんなことをふと思い返していたら、ひとつ、とても大事な感覚を思い出しました。「目」です。私はもともと、体のりきみがとても強い人でした。ヨガを続けながら、呼吸や体の使い方を知って、少しずつ楽に動けるようになってきました。その中でもかなり大きかったのが、目の使い方と「体感空間」だったと思います。何かをしっかり見ようとすると、目を凝らして、一点に意識を集めます。そうすると、目だけではなく、首や肩にも力が入りやすくなります。反対に、目の力を少し抜いて、一点ではなく全体を見る。近くを見ながら、遠くまで感じる。遠くを見ながら、近くの空間も感じる。さらに、目で見えているところだけではなく、自分の後ろ、右、左、上、下。そこにも空間が続いていることを感じます。私はこの「体感空間」を、今でもよく使っています。たとえば、電車の中で瞑想するとき。自分の体だけに意識を集めるより、自分の周りにある空間まで感じてみます。前にも、後ろにも、横にも。さらにその先にも空間は続いている。中でも、私が大切にしているのが「後ろの空間」です。私たちは普段、前を見て生活しています。でも、自分の背中のすぐ後ろにも空間があります。しかも、それは小さな空間ではありません。その先にも、そのまた先にも続いている。果てしなく広い空間が、いつも自分の後ろにあります。そこまで意識を広げてみると、私は背中の緊張に気づきます。あ、ここに力が入っていたんだ。自分の後ろにある空間を感じることで、それまで意識に上がっていなかった背中のりきみが見えてくる。そして意識する範囲を、前にも、後ろにも、右にも、左にも、上にも、下にも広げていく。すると、体まで一緒に広がっていくような感覚があって、いらない力がすっと抜けていきます。今振り返ると、私は体を一生懸命ゆるめようとするだけではなく、「どこまで感じているか」を変えることで、力を手放してきたのだと思います。そしてこれは、私がずっと感じている「姿勢」の話にもつながっています。私は姿勢を、もっと動的なものとして捉えています。呼吸するたびに体は動く。重心も変わる。視線が変われば、筋肉の緊張も変わります。姿勢は、一枚の写真のようにその瞬間だけを切り取って見るものではなく、常につくられ続けています。どこを見ているのか。どこまで空間を感じているのか。どんな呼吸をしているのか。そんなものまで全部含めて、その瞬間の姿勢がつくられている。一点を凝視している目と、空間全体を感じている目。同じ体でも、立ち方も呼吸も変わります。そして背中の向こうには、今日も大きな空間が広がっています。そこに気づくだけでも、体の感じ方は変わります。体って、見えている形よりずっと動的で、知れば知るほど、愛すべき存在です。