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脳性麻痺ライター・著者 東谷瞳  |障害と生きる日々

17.バリアフリーは本当にバリアをなくしているのか

2026.08.31 23:45

「バリアフリー」という言葉を聞くと、どんなイメージが浮かぶだろうか。

段差のない道。

スロープやエレベーター。

誰もが使いやすい設備。

たしかに、そうした環境が整うことで、できることは増えていく。

行けなかった場所に行けるようになる。

一人では難しかった移動が、スムーズになる。

バリアフリーは、確かに大切な取り組みだと思う。

でも、Flowerの中で話していると、こんな疑問が出てきた。

——本当に、バリアはなくなっているのだろうか。

たとえば、スロープがあっても角度が急すぎて使いにくいことがある。

エレベーターがあっても、設置されていない場所もまだ多い。

ノンステップバスがあっても、本数が少なくて結局使えないこともある。

「あること」と「使えること」は、同じではない。

形としては整っていても、実際には使いにくい。

そんな場面が、まだたくさん残っている。

また、物理的なバリアだけではない。

人の意識の中にも、見えないバリアがある。

困っていそうでも声をかけられない。

どう関わればいいのかわからない。

その戸惑いが、距離を生むこともある。

さらに、こんな意見も出た。

「バリアフリーと言いながら、逆にバリアを作っているのではないか」

一見すると矛盾しているように聞こえる。

でも、よく考えてみると、その意味が少し見えてくる。

特別な設備や特別な対応が用意されることで、

「特別な存在」として分けられてしまう感覚。

便利になる一方で、「違い」が強調されてしまう。

それが、新しい壁になることもあるのかもしれない。

もちろん、バリアフリーを否定したいわけではない。

必要なものは、確実にある。

でも、それだけでは足りない。

設備を整えることと、関係をつくることは、別の話だ。

どれだけ環境が整っても、

そこにいる人同士の距離が遠ければ、居心地のいい場所にはならない。

逆に、多少不便があっても、

周りの人が自然に関わってくれる場所は、安心して過ごせることもある。

あるメンバーがこんな話をしていた。

何度も通っていた場所が、少しずつ使いやすくなっていった。

それは、大きな工事ではなく、小さな変化の積み重ねだった。

その背景には、「そこに人がいた」という事実がある。

関わりが生まれ、気づきが生まれ、少しずつ変わっていく。

バリアフリーとは、完成された状態ではなく、

関わりの中でつくられていくものなのかもしれない。

だからこそ、問い直してみたい。

バリアをなくすことだけが、目的になっていないだろうか。

本当に大切なのは、

誰もが自然にその場にいられること。

そのために必要なのは、設備だけではなく、

人と人との関わりなのだと思う。

バリアフリーは、ゴールではない。

そこから、どんな関係が生まれるのか。

その先にこそ、本当の意味があるのかもしれない。