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NPO法人YouToo

私が私を取り戻すまで〜

2026.09.05 03:12


 いただいた石川優実さんの著書『私が私を取り戻すまで〜性暴力被害のその後を生きる 』を開きました。すぐに開けずに置いていたのは、読む勇気がなかったからでした。積読本を読みましょう、という天使の声が、今回、読むきっかけを作ってくれました。

 私が私を取り戻すまで・・ 著者である石川さんは、私を取り戻せたといえるのでしょうか。回復の足跡とされている書だけれど、今もまだその途中にいる、といえるのでしょう。被害のその後を「生きる」のはとても難しい。傷は消えないし、加害者が加害を認めて謝罪をするのでもないから。周りの人たちさえ、二次加害と思しき行為を仕掛けてくる中で、被害者はいつまでも浮かばれることはなく、沈み続けるしかありません。それでも、カウンセリングを受けて話を聞いてもらい、無力感の理由に気づくことで、回復への道は開けるようです。また、親にアダルト・チルドレン性を見つけることで視界が変わった、という点は、発見でした。そんな親や外部の人たちから投げられた言葉で、自分が悪い、と思い込んで自分を責めてしまう。でも、自分ではなく、相手に原因があるのかもしれない、と裏返して考えると、自分を客観的に見ることができそうです。もう一つ、「できる無理をする」という石川さんの言葉は、大切な視点だと思いました。「無理をしない」ことだけ考えるのではなく、自分を褒めることも忘れず、すこし無理もしてみる。ストレッチすることで半歩ずつでも前へ進めば、そのこと自体が自分を肯定する原動力にもなりそうです。 

 寄稿として載せられている精神科医の清水加奈子さんの説明する<環状島>は、とてもわかりやすい。トラウマの核心から這いあがろうとする被害者に、敵だけでなく、傍観者の無知や無関心が外海として立ち塞がると。結局、被害者は内海と外海の間で行ったり来たりし、尾根に立ちすくむというのです。石川さんは、できるだけ遠くへ、たくさんの人へ、声を届けようとしていて、カフェを作って多くの、似た境遇の人たちの支えになろうともしています。きっと、それをすることで、ご自身も同時に癒される、ということはあるのでしょう。そこに、共感が生まれて、誰かが目の前で立ち上がれば、そんなきっかけになれば嬉しいから。 

 被害者の心情をそのまま受け止めること。評価する人にならないこと。 被害がなくならないこの社会で、せめて回復を促せるとしたら、それがまず必要なのだろう、と読みました。私自身が外海から被害者を引っ張り落とす人になったり、無関心を装ったりしていないか、と振り返り、そもそも本を読まずにいたこと自体、それに近いのだろうと思い至ったとき、胸が痛みました。

 ここに書くことで、少しでも外海に届けば・・

 たくさんの、自分の思いを声にすることのできない人のためにも、自身のことを明かして、本にまでしてくださった石川さんの勇気に感嘆、そして感謝します。