「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 異例の徳川家康特集に隠されたメッセージ
「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 異例の徳川家康特集に隠されたメッセージ
毎週水曜日は、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」について書いている。今回はなかなか例外的なドラマの構成であったので、なかなか興味深いところではないか。何しろ、徳川家康の今までというか、人質時代からの徳川家康を全て振り返るということになる。3年前の「どうする家康」が、突然ダイジェスト版で出てきたような形になっていました。最初の方で死んだ今川義元(大鶴義丹さん)が出演していいたのも、大河ドラマでは異例であったという感じがします。
さて、その前にまずは史実とされる事実を見てみましょう。今回は、賤ケ岳の合戦から小牧長久手の戦いまでの徳川家康にツイててみましょう。
賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を打ち破った羽柴秀吉は、織田家内部での主導権を固め、急速に天下人への道を歩み始めました。これに対し、自らこそが織田家の正統な後継者であると自負する織田信雄と、その要請を受けた徳川家康は危機感を強め、秀吉の過度な勢力拡大を阻止する構えを見せます。
当初、秀吉と家康は直接衝突することを避け、互いに外交交渉や周囲の武将への牽制を行っていました。しかし、信雄が秀吉に通じていた自身の家老たちを処刑したことで緊張は一気に高まり、武力衝突へと発展します。こうして始まった小牧長久手の戦いにおいて、家康は信雄を担ぎ上げることで「織田家を守る正義」という名分を得て秀吉に立ち向かいました。
この激しい対立の渦中で重要な役割を果たしたのが、秀吉の弟である羽柴秀長です。秀長は常に兄の補佐役に徹し、軍事面だけでなく内政や政略、人との交渉においても絶大な信頼を寄せられていました。小牧長久手の戦いにおいて、家康と秀吉の本隊が尾張の小牧城や犬山城周辺で凄まじい膠着状態に陥る中、秀長は伊勢や美濃方面の作戦を担当し、信雄側の拠点を順次圧迫していく戦略的な別動隊として戦線を支えました。
戦局は、家康が局地的な長久手の戦いで秀吉軍の一部を打ち破るなど武勇を示したものの、全体的な戦略としては秀吉と秀長による包囲網と圧力により、家康・信雄側が有利を保ち続けることが困難な状況へと傾いていきました。
秀吉と秀長の真骨頂は、軍事的な決着ではなく政治的な懐柔策にありました。長引く陣子に痺れを切らした秀吉は、家康の同盟相手である織田信雄と個別に和平交渉を進め、これを成立させます。大義名分であった信雄が戦線を離脱したことで、家康は秀吉と戦い続ける口実を失い、撤退を余儀なくされました。
この和議の成立やその後の家康との信頼関係構築において、裏で細やかな配慮と調整を重ねたのが秀長でした。温厚で誠実な人柄と高い実務能力を持つ秀長は、荒々しい戦国の将たちや警戒心の強い家康に対しても柔軟に対話し、秀吉の強硬な外交姿勢を和らげる「クッション」として機能しました。
家康にとっても、猛烈な野心と強圧的な態度を見せる秀吉本人への警戒感は強かったものの、実直で約束を違えない秀長の存在があったからこそ、後の家康の秀吉への従属や、江戸幕府へと繋がる政権内での立ち位置が円滑に形成されていきました。賤ヶ岳から小牧長久手へと至る過程は、秀吉と家康という二大英傑の武力や智謀のぶつかり合いであると同時に、秀長という類稀なる調停者が陰で政権の盤石化と家康との関係繋ぎに尽力した時期でもありました。
さて、この状態の小牧長久手の戦いの前、徳川家康がなぜ秀吉と戦うことを決意したか。そのことを今回のドラマで表しています。
<参考記事>
【今夜の豊臣兄弟】第34話「最強のライバル」相関図も“激変”徳川四天王ついに揃い踏み!異色の家康回
9/6(日) 8:01配信 スポニチアネックス
https://news.yahoo.co.jp/articles/1da937d7758254fce6659522f5e65f624acddfdd
<以上参考記事>
今回は異例中の異例で、何と徳川家康(松下洸平さん)の今までの内容を書くということになります。大河ドラマで、主人公以外の登場人物に焦点をあてて、その内容を出してくるというのも異例ですし、すでに死んで退場した今川義元(大鶴義丹さん)が再登場しているというのも珍しい感じです。もちろん、回想シーンで出てきている場合もありますが、しかし、まったく新しいシーンを出してくるのはかなり珍しい。それも、主人公の改装ではない回想シーンで出してくるということはかなり大変なのではないでしょうか。
さて、その内容は、徳川家康がいかに「我慢」してきたのか、そして、石川数正(迫田孝也さん)とともに「天下を目指す」つまり「奪われる側から奪う側に代わる」ということを行うことを示すのです。
徳川家康は、人質の時代から「奪われる側」でした。その奪われる側である象徴が「飼っていた鳥の命」であり、なおかつ「妻・築山殿」「嫡男・徳川信康」であるということになるのです。奪う相手は違っていました。初めは今川義元であり、次は織田信長(出演してはいませんが小栗旬さん)であったということになります。
そして、次に羽柴秀吉(池松壮亮さん)を、徳川家康からうう役と考えるのか、または、秀吉を倒して自分が奪う側になるのかということを考えていることを決断するということになるのです。
現代の皆さんはいかがでしょうか。
ちょうど徳川家康の置かれた立場は、そのまま「中間管理職」であるという感じではなかったでしょうか。取締役でもなんでもなく、社長の気ままに奪うものが出てきてしまえば、奪われてしまい、また、自分の自由になることは少ない。そして最も大事なものが奪われるということになるのです。そのことが、耐えられる間は何とかなるのでしょうが、希望を失ったりまたは耐えられる限界になってしまった場合は、どの様になるのでしょうか。現在ならば転職するなどのことがあったかもしれませんが、戦国時代であればそのようなことはありません。当然に労働者の人権などは全く認められません。もちろん基本的人権などはないのですし、もしあったとしてもそれを守ってくれる制度も国家もないという状態です。その様に考えれば、「奪われんあいためには奪う側になればよい」ということ、そしてもう一つは「闇雲に奪う側を僭称するのではなく、奪う側になる力を蓄え、そのタイミングがくるまで耐えて待つことが大事」ということを、今回の徳川家康が教えてくれたのではないでしょうか。
まさに、そのような内容こそが、今回のメッセージではなかったかと思います。逆に、順風満帆にうまくいっている秀吉や、その弟の秀長(仲野太賀さん)ではなく、そのメッセージを伝えられるのは家康の忍耐力ではなかったかという気がします。
同時に、小牧長久手の戦いは、織田信雄(山脇辰哉さん)の説得や、または北条氏政(谷原章介さん)に寄るものではなく、家康自身の事情であり、その決心であった、ということがこのドラマでは言えたのではないでしょうか。今回のその解釈には、あまり異論をはさむ必要はないような気がします。
来週は小牧長久手の合戦です。大変申し訳ない言い方ですが、他の大河ドラマに比べて、少し頼りなさそうな徳川四天王が活躍する戦いがどのように描かれるのでしょうか。