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ゆらいでも、こわばっても、重くなっても・・・それでも生きてゆく

2026.09.07 21:30




「自分を整える」

そんな言葉を、最近よく耳にします。


瞑想をしたり、呼吸を整えたり。

自分の内側を見つめて、心を穏やかにする。


でも、それらをすれば整うのでしょうか。


そもそも「整っている」って、どんな状態なんだろう。


いつも穏やかで、

感情に振り回されず、迷わず、乱れない。


そんな自分を目指しているとしたら、

少し苦しくなることがあると思います。


だって、人は生きているかぎり、揺れるものだから。


私が伝えている

「しずモリ哲学アーユルヴェーダ」では、

アーユルヴェーダの体質論

ヴァータ、ピッタ、カパという三つの働きを、

少し違った言葉で表現しています。


ヴァータは、「ゆらぎ」

動くこと。変化すること。

気持ちや考えがあちこちに動いたり、

環境の変化を感じ取ったりする力


カパは、「重み」

留まること。支えること。

休んだり、蓄えたり、じっくり育てたりする力


そしてピッタは、「こわばり」

これは、ピッタが悪いということではありません。

本来は、見分けたり、消化したり、変化させたりする力。


けれど、その力が強くなりすぎると、

「こうしなければ」

「もっと頑張らなければ」

「これが正しい」

「こうあるべき」

と、心も身体も、ぎゅっと

固くなっていくことがあります。


そして、ここにはもうひとつ、

気をつけたいことがあります。


こわばりが長く続くと、

それは「重み」に変わっていくことがあるということ。



たとえば、

「ちゃんとしなければ」と頑張り続ける。

身体も心も緊張して、ゆるめなくなる。

だんだん疲れて、動くことさえ億劫になる。

「もういいや」と、そこに留まってしまう。


最初は「頑張らなければ」というこわばりだったものが、

いつの間にか

「動けない」「変えられない」「手放せない」という

重みに変わっていく。


つまり、

ゆらぎ、こわばり、重みは、

いつも別々に存在しているわけではありません。


ひとつの状態から、

別の状態へと移っていくこともあるのです。


だからこそ、

自分をひとつのタイプに当てはめるのではなく、

「いま、私はどんな動きをしているんだろう」

と感じてみることが大切なのだと思います。


たとえば、何かに失敗したとき。

考えが止まらなくなれば「ゆらぎ」


「次は絶対に失敗しない」と

自分を追い込めば「こわばり」


そして、その状態が続いて

「もう何もしたくない」となれば「重み」


どれも、私たちの中に起こる自然な動きです。



だから、

ゆらいでもいい。

こわばってもいい。

重くなってもいい。


大切なのは、その状態を

「悪いもの」として消そうとしないこと。


まずは、

「ああ、いま私はこうなっているんだ」

と、感じてみる。


ここから、整えることが始まります。



そして、

こわばりをほどくために必要なのは、

いきなり「手放す」ことではないということ。


ぎゅっと握りしめた手に、「手放して」と言っても、

すぐにはできません。


まず、握りしめていることに気づく。

そして、力をゆるめる。


すると、握っていたものは、

少しずつほどけていく。


だから私は、

「手放す」より先に「ゆるむ」こと

これを大切にしています。


ゆるむと、こわばりだけでなく、

揺らぎも、重みも、少しずつやわらいでいく。

そして、

自分の中にある本来の動きが戻ってくる。


その先にあるものを、私は「凪」と呼んでいます。


ただし、凪は

「何も動かないこと」ではありません。

海が凪いでいても、水は動いている。

風も、光も、波も、少しずつ変わっている。

静かだけれど、止まってはいない。


人も同じなのだと思います。


人生から、揺らぎをなくすことはできません。

こわばることもある。

重くなることもある。


だから目指すのは、乱れない自分ではなく、

乱れたときに、戻ってこられる自分。

その「戻る場所」を知っていること

持っておくこと。


そして、そこからまた波に乗っていく。

ときには舵を切り、

ときには波にまかせ、

ときには、その波そのものを楽しむ。


それが、生きるということなのかもしれません。



だから、しずモリ哲学・アーユルヴェーダでは、

感じる。

ユルむ。

トトノウ。

を、ひとつの入り口にしています。


「トトノウ」とは、完璧になることではありません。

自分を型にはめることでもありません。


ゆらぎながら、変わりながら、

それでも自分の中心へ戻ってこられること。


では、その「戻る場所」は、

いったいどこにあるのでしょう。


そして、私たちはなぜ、

そこから離れてしまうのでしょう。


その答えは、身体だけを見ていても

見つからないかもしれません。


季節、自然、感覚、こころ、

そして、私たちが日々無意識に選んでいる暮らし。


Y's seasonの活動や

古民家サロン吉由庵の世界観では

そこには、自分の「凪」を知るための

小さなきっかけや気づきを

たくさんちりばめています。


そしてその核となる

しずモリ哲学・アーユルヴェーダでは、

そんな日常の中にある

「自分を読み解くものさし」を、

一緒に探していきます。


答えは私が授けるものではなく

誰かから与えてもらうのでもなく、

あなた自身が見つけられること。


その「チカラを養う場」であってほしいと

私は思っています。



あなたの中にある感覚を、もう一度信じられるように。


ゆらいでもいい。

こわばってもいい。

重くなってもいい。


ただ、戻るためのあなたの凪を知っていること。


それだけで、人生の波は、

少し違って見えてくるのかもしれません。