メモ9月6日/「文化的とは」
2026年9月6日の哲学対話、参加者15名(男10、女5)。選出されたテーマは「文化的とは」「主体とは」となった。それ以外の候補は「もったいないとはどんなことか」「外国人の排斥」「結婚とは」「イラン戦争はいつまで続くか」で、「もったいない・・・」以外のすべてのテーマは、どこかでつながりそうな印象をうけた。
1つ目の「文化的とは」について、提案者の問題意識は、「田舎の文化」「地域の文化」という言い方があるが、「文化的」という言葉は、どちらかと言えば都会の便利な暮らしを連想してしまう。「文化」と「文化的」から連想される中身のズレが気になるということだった。
「文化の反対になりそうな言葉はなんだろう?」という問いかけを手掛かりに、「文明―野蛮」という一つの価値軸が浮かび上がった。その一方で、その価値軸自体が、西洋人が近代に作った物差しであって、それを使って世界を測ろうとすることに違和感があるという意見も出た。
他の動物と比較すると、文化というのは、ヒトに固有のもので、人間社会があるところには必ずそこで暮らす人たちの文化がある。文明か野蛮かという問い立ては、あまり意味がなく、相互に違いがあるときに、自分の側に立つと相手が野蛮に見える、という程度のことではないかという意見もあった。
本草学、バウハウス、歴史性、ハイカルチャー、ローカルチャー・・・
他者の文化を受け入れられる態度が文化的、受け入れられない態度が野蛮、という意見になんとなく説得力があったように感じた。
その他の意見
・女性からすると、田舎の暮らしには閉塞感、圧力のようなものを感じる。女性が都会に出たいと思うのは、多様性があり、個人の自由があり、女性差別が少ないような印象があるからだ。
・なにが人間にとって大事か、という視点で考えると、文化とは「人として豊かに生きること」を支持するものだろう。
・仮に「幸せ度」という基準があったとして、アマゾン川の森で暮らす人々と、私たちの暮らしで、どちらがどれくらい幸せかというのは、一概には測れないのではないか。