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Baby教室シオ

偉人『老子』

2026.09.18 00:00

高校3年時の国語担当教師は、色黒で身長が180cm近くある大柄な先生であった。高校3年といえば大学受験を突破するのに必死な時期であり、私立大学の推薦合格が次々と決まっていく中、国立大学希望の受験生はみな追い込みに必死だった。そんな頃先生はなぜか老子の『無為自然』を引き合いに「人間が無理に物事を動かそうとせず、自然のあり方に従うこと」『足るを知る者は富む』について、授業の鐘が鳴ると同時に唐突に話をしてきた。自らの手で大学合格を勝ち取らなければならない時期に、余計なことをせず、自然な流れに任せるという考えをなぜ話してきたのかが多少気になるところではあったが、先生の意図することに気を取られる暇などなかった。それから数十年、老子という文字を見る度当時のことが思い出される。今回はその老子の『無為自然』『足るを知る者は富む』という考え方を深掘りして子育てに活かすことがあるのかを紐解いていく。

老子は今から2500年前の中国で活躍し、中国史上最も尊敬される哲学者の一人として広く知られている。老子について書かれた最も有名な古い記録は司馬遷の『史記』である。しかし、そこに書かれている老子の人生にもかなり伝説的な部分が多く、正確な生年月日や出生地すら分かっていない。つまり現代において中学・高校と学ぶ漢詩の中の老子は、彼の生誕から人生の終焉までは不確かなことが多く、数多くの伝説が溢れ彼が本当に実在されたのかさえ疑問視されている人物なのだ。そんな彼の姓は李、名は耳、字は聃。春秋時代の人物で楚の国の苦県(現在の河南省周辺)に生まれたとされる。周王朝に仕え、図書を管理する役人をしていたとされる。そして以前取り上げた孔子(記事はこちら)が老子を訪ね、教えを受けたという逸話がさえあるのだ。晩年、世の中が乱れていくことを見て国を去ろうとした函谷関という関所で、関守に頼まれて『老子』を書き残したとされているが、その後西方へ去り消息が分からなくなった。

孔子よりもさらに古い人物で彼の存在自体が議論の的になっているのだから幼少期を紐解くことも難しい。しかし彼の残した数々の言葉から彼の人となりは容易に想像できてしまう。例えば『知る者は言わず、言う者は知らず。』という言葉からも、むやみに自分の知識をひけらかさない物静かで、深く物事を考える人物だったと想像でる。また「千里の行も足下より始まる」という言葉からは、大きなことも最初の小さな一歩から始まるという考え方で、謙虚で無理をせず自分らしく生きた深い思想を持つ人物だとも考えられる。他の言葉である「上善は水の若し」「足るを知る者は富む」「柔弱は剛強に勝つ」などを考えても穏やかで欲の少ない人物だったのではないだろうか。そして今回取り上げた老子の言葉「無為自然」を誕生日というテーマで考えてみる。

なぜ今回誕生日と彼の思想である「無為自然」をリンクさせる記事にしたかということを述べておこう。これは単に私が誕生日に思うことを意識しているからである。これまでの記事でも述べているが、誕生日は両親に感謝を述べる日と考えている。そしてこれまで述べたことのなく私が意識しているもう1つのことを今回記す。それは「これからの1年を、自分らしく、無理なく、新しいことに前進する」という誓いを立てることである。よく日本人は新年を迎えると今年一年の抱負を述べたりするが、私は誕生日こそが自分自身の命に真摯に向き合えると考えている。母が命をかけこの世に送り出し、父がいつかいつかと待ち望んで生まれた日こそ、自分自身を見つめ直す時間だと考える。そして親となりこの世に子供を送り出した母の立場で子供の誕生日に思うこと誓うことも重要な親の心構えである。

つまり誕生日に老子の「無為自然」を考えることには、「自分自身の命の重みを感じ、これからの一年を無理に自分を作り変えようとせず、自分らしく自然体で生きる」という意味を改めて考えることができる日だと考えることであり、親としては子供のペースを大切に守りつつ、子供の現状をありのまま受け入れ、長所だけでなく、弱さや失敗も含めて「今の我が子の現状を認める日にしてほしい。流れに逆らいすぎず、子供を自分の思い通りに動かそうとせず、子供の小さな変化や出会いを見逃さず、全てを受け入れることに意識を向け、子供に心を寄せる日にしてほしい。しかしそれは親として何もせず傍観するということではなく、必要なときには自然に一歩踏み出すことができるように、常に俯瞰することができる親であってほしいのだ。

さらに老子の『上善若水(上善は水の若し)』と合わせて考えると、水のように柔軟に、謙虚に流れながら、自分の道を進んでいく、子供の道を進ませていくと考える日にしてほしい。

親として老子の考え方である「力ずくで人生を動かそうとせず、自然の流れに逆らわずに生きる」ということを考えると、必要以上に子供をコントロールしようとすることなく、子供の出来不出来に執着せず、無闇に子供の行動に口を出さずということを子供の誕生日に親は「今、手放していいものは何だろう?」と考えることをしても良いのではないだろうか。決して「手放す」ことは「諦める」ことではない。執着を手放したからこそ、本当に大切なものに力を使えるということだ。

例えば「人からどう見られるか」、「子供の過去の失敗や親としての後悔」、「未来への不安「こうあるべき」という思い込み」「親が作った子供の基準」「結果への執着」・・・あげればキリがない。「成功しなければ意味がない」ではなく、歩んでいる過程にも価値を置くことが重要で、老子の『道徳経』には『足るを知る者は富む』という有名な考えがある。豊かに生きている諸先輩の多くはこのことを自然と行っているのだ。子供の誕生日にこそ、子供の大きな成長に不必要な親のエゴを手放してみてはどうであろうか。


最後に、冒頭の恩師は、おそらく人生の帰路に立たされパージュ/ている生徒たちに、今までやってきた事を信じて、どのような横浪にも翻弄されずに、無理に何かを変えようと慌てふためくことのないように、今やるべき事をせよと伝えたかったのかもしれない。またその先に自分自身の実力を理解し、歩む道があることを伝えたかったのだろうか。この解釈はまだまだ奥か深そうで、先何年も続きそうである。