イベント御礼と自然とベクトル平衡体
自然神からのギフト配布の無料イベント無事に終了いたしました!
ご参加くださったみなさま、ありがとうございました。
今回はどのように受け取ってくださっているのかなと思っておりましたが、
今回のイベントでは、私自身の13次元のお部屋を解放して、皆様にお集まりいただいたイベントでもありました。
私の部屋には七色に輝く花や木などがあり、スターシードたちにとっての癒しにもなり、覚醒の準備ときっかけにもなったのだなと思いました。
今回自然神から受け取ったギフトは、その、準備のできた人にお配りするものでもあったのだと思いますので、人を選んでしまったのかもしれません。
誰でも受け取ってほしいなと思っていましたが、誰でも受け取れる内容のものではなかったのだと今更ながら思いました。
ご感想から、ファンタジーのような体験をされた方もいらっしゃったようで、
人間が直接使うものではない、ポータル的な召喚をして…みたいな部分からも、不思議体験をしてしまった方が何人かいらっしゃいました。
また、中には、いつも通り食べているのに、ものすごくおなかがすいてしまったとご感想いただいた方もいて、現実世界に面白い形でリンクしているんだなとも感じました。
自然神からのギフトというだけあり、色や形、内容がさまざまでしたが、お受けになった人が活き活きする、元気になるといった点では、私が思っていたより素晴らしいイベントになったと思っています。
まだご感想は受け付けております。
私は物を作ることが好きで、人と違うような、個性的なものを作ることを趣味としています。
一時、ハワイアンリボンレイを人に教えていた時期もありました。
最近は天然石で、ベクトル平衡体を作ったりしました。
ベクトル平衡体は、すべての方向へ均等に開かれた、中心を持つ構造」のかたちです。
均等に開かれている形と言っても、見え方は角度によってさまざまなんですよね。
本来の自分の中心というものに触れると、すべてのものと均等につながっていることがわかるのですが、中心を見失っていると、この世界が不均衡に見える。
ちょっとマジック的な、ちょっとした感覚のずれが致命的になりえるという話。
変わったのは、見る位置だけです。
人間の世界の見え方も、もしかするとそれとよく似ているのかもしれません。
本来の自分の中心に触れているとき、世界は意外なほど均等につながっていることに気づきます。
見えない世界でさえも。
人も、自然も、出来事も、 自分にとって都合がいいものだけが「つながっている」のではないということ。
一見、関係がなさそうなものまで、 それぞれの場所から、自分とつながっている。
ところが、自分の中心を見失うと、世界のほうが不均衡に見えてきます。
「あの人ばかり恵まれている」 「どうして自分だけ」 「これは自分にとっておかしなことだ」
そんなふうに、世界の一部が極端に大きくなったり、逆に、存在しないかのように小さくなったりする。
でも、世界が歪んだのではなく、 自分の立っている位置が少しずれただけなのかもしれません。
これが、ちょっとマジックみたいなところです。
ほんの少し視点がずれるだけで、 同じものがまったく違って見える。
そして、その「ちょっとした感覚のずれ」が、 人生においては、ときに大きな違いになります。
だからこそ大切なのは、 世界を正しく見ようとすることよりも、
「私は今、どこを中心に世界を見ているんだろう?」 と、自分の中心に戻ってみること。
中心に戻ると、 世界を変えなくても、 世界との関係が変わって見える。 そして、そのとき初めて、 「ああ、最初から全部つながっていたんだ」 と気づくのかもしれません。
今回、自然神のギフトをお配りしていて感じたのは、自然神というのは、正しく見ようとか、人間のするジャッジを一切していないことだったんです。
この、ベクトル平衡体を体現しているような、自然の繋がりというようなものが垣間見えて、素晴らしい体験だったとともに、
私自身の人間的なこだわりみたいなもの(中心からズレている視点)にも気付かせていただきまして、これは激しかったですね。
私は私自身をまだかなりジャッジしているのだと思いました。
自由になるというのは、
自然の流れに沿うように、何かやろうとしたり、否定したりしないで生きれることかもしれません。
ありがとうございました!