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「宇田川源流」【日本万歳!】 今年も鼻のかみ方でイグノーベル賞を授賞

2026.09.13 22:00

「宇田川源流」【日本万歳!】 今年も鼻のかみ方でイグノーベル賞を授賞


 毎週月曜日は「日本万歳!」をお届けしている。

 日本の素晴らしいところや日本人の称賛されている記事を皆さんにご紹介し、その記事の中で、なぜ日本人が称賛されているかということを分析してみるということを行っている。日本人の場合、たいていの場合は、日本人の国民性や日本人の生活習慣などが称賛されており、それが特に目立った李、ほかの地(外国とか)に行っても、その習慣を曲げない、ほかの人々に流されないということが、かなり称賛されているような感じではないか。

 そのような意味で、日本人は、一人または特定の人々が称賛されている場合も、その人が同じ日本人から見た場合には「特別」なのではなく、日本人のすばらしさを体現している人でしかなくて、どの日本人にも同じような資質が中に入っているということになるのではないか。

 しかし、そうはいってもそれを貫ける人というのは非常に素晴らしい場合が少なくない。いつもこの連来の中では「特別」といっているのが、今大リーグで活躍している大谷翔平である。大谷翔平氏に関しては、当然に、そのプレイや実力は素晴らしい。しかし、それだけではなく、そのファンサービスや、何かグラウンドを片づけるなどのこと、ストイックな生活態度や、野球というものに対する考え方が、非常に素晴らしいのではないかという気がする。そしてそれらの中には、日本人の国民性や日本人の生活習慣や、精神性というものが、基礎になっているということが言えるのではないかという気がするのです。

 さて、他にも「日本人だから」「日本的な考え方だから」ということで、様々な世界で活躍する日本人がいる。その日本人に関して、取り上げてみるのもよいのかもしれない。日本人にとっては、彼らは有名人ではあるけれども「特別な人」ではないということであり、我々にも同じ資質が備わっているということが言えるのではないか。そのことを実感してほしい。

<参考記事>

イグ・ノーベル賞「鼻のかみ方」で日本人受賞 日本人研究者の受賞は20年連続

2026年9月4日 7時16分 日テレNEWS NNN

https://news.livedoor.com/article/detail/32236737/?from_page=internal

<以上参考記事>

 これは、日本の科学研究の「強さ」を考えるうえで、非常に面白いニュースだと思います。

 今回の受賞は、旭川医科大学名誉教授の故・海野徳二氏らが1977年に発表した「鼻のかみ方――?鼻の気体動力学的研究」です。2026年のイグ・ノーベル賞医学賞を受賞しました。海野氏は2022年に89歳で亡くなっているため、授賞式には旭川医科大学の髙原幹教授が代理で出席しました。

 そして今回、特に面白いのが「鼻をかむ」という、あまりにも日常的な行為を科学研究の対象にしたことです。普通なら、「鼻が詰まったら鼻をかむ。それだけのことでしょう」と思います。しかし海野氏らは、そこに科学者としての疑問を持ちました。

 人間は鼻をかむとき、どのくらいの速度で空気を出しているのか。鼻の中にはどの程度の圧力がかかるのか。左右の鼻孔から出る空気の量はどうなるのか。そして、強く鼻をかむことによって耳にはどのような影響が生じるのか。こうしたことを実際に測定して調べたのです。

 当時の研究では14歳から48歳までの15人を対象に、鼻から出る空気の速度や量、さらに耳にかかる圧力などを測定し、「鼻をかむ」という動作を空気力学的に分析しました。つまり、普段なら無意識に行っている動作を、流体力学や生理学の問題として捉えたわけです。

 ここに、今回の受賞の非常に日本的な面白さがあります。日本では昔から、「こんなことを研究するのか」と思われるような身近な対象を、徹底的に観察し、工夫し、技術化していく文化があります。たとえば、日本の職人は「包丁で切る」という単純な行為についても、刃の角度、材質、研ぎ方、食材への入り方まで細かく考えてきました。茶道なら「茶を飲む」という行為を、道具、湯の温度、所作、空間、時間にまで分解して考えます。料理でも、米を炊く、魚を焼く、出汁を取るといった日常行為が、長い時間をかけて技術として洗練されてきました。

 今回の「鼻のかみ方」も、ある意味ではそれと同じです。「誰でもやっているから研究する必要がない」のではなく、「誰でもやっているのに、誰もきちんと調べていない」ことに目を向ける。これは科学の非常に重要な姿勢です。

実は、イグ・ノーベル賞という賞そのものが、こうした研究姿勢を評価する賞です。イグ・ノーベル賞は単純な「珍研究コンテスト」ではなく、「まず人々を笑わせ、そして考えさせる」研究を表彰するものです。日本科学未来館も、この賞について「思わず笑ってしまう研究の裏側には、科学の真剣な挑戦がある」と説明しています。

 ですから、「鼻のかみ方で受賞」というニュースを見て、「日本人がまた変な研究をした」と笑って終わらせてしまうのは、むしろもったいないのです。むしろ、「なぜ誰も調べていなかったのだろう」と考えるところから科学が始まっています。そして今回、その研究が発表から49年近く経ってから世界的な賞を受けたということも興味深いところです。1977年に発表された研究が、2026年になって評価されたわけです。これは、日本の基礎研究について考える際にも重要な話です。

 現在はAI、量子コンピューター、宇宙開発、半導体、創薬など、「すぐに社会的成果が出る研究」が注目されやすくなっています。しかし科学というものは、本来、すぐ役に立つかどうかわからない疑問を何十年もかけて積み重ねることによって発展していきます。1977年に「鼻をどうかめばよいのか」を研究した人が、まさか半世紀後にスイスの舞台で世界から称賛されるとは、本人も想像していなかったでしょう。

 ところが、科学とはそういうものです。そして、今回のニュースをさらに日本にとって誇らしいものにしているのが、「日本人研究者のイグ・ノーベル賞受賞が20年連続になった」という事実です。日本科学未来館も、2026年の受賞によって日本の研究が20年連続でイグ・ノーベル賞に選ばれたと発表しています。2007年から2026年まで、日本人あるいは日本に関係する研究者が毎年少なくとも一人は受賞してきたことになります。

ここは、かなり重要なポイントです。もちろん、イグ・ノーベル賞はノーベル賞とは性格が違います。「日本が世界一の科学大国だ」と証明する賞でもありません。しかし、それでも20年連続という現象には、日本の研究文化の一つの特徴が表れていると考えることができます。それは、「大きなテーマだけを研究するのではなく、小さな疑問を面白がる」という文化です。

 たとえば2023年には、明治大学の宮下芳明氏が、電気を流した箸やストローによって食品の味を変える研究でイグ・ノーベル賞栄養学賞を受賞しています。今回の日本科学未来館のイベントでも、この研究が紹介されています。これも一見すると「そんなことを研究して何になるのか」と思う研究です。

 しかし、「電気によって味覚が変化する」という現象を突き詰めていけば、将来的には食塩の使用量を減らしながら塩味を感じさせる技術や、食事制限を必要とする人の食生活を豊かにする技術につながる可能性があります。つまり、「一見くだらない研究」と「役に立たない研究」は同じではありません。むしろ、役に立つかどうかわからないところまで好奇心を伸ばせることこそ、科学の豊かさなのです。私は、この20年連続受賞を、日本人の「細かいところまで気にする性格」と結びつけて考えるのも面白いと思います。

 日本人は、ときに「細かすぎる」と言われます。しかし、その「細かすぎる」が、科学や技術では大きな武器になることがあります。「鼻をかむ」という行為についても、「まあ、鼻水が出ればかめばいい」で終わらせるのではなく、「空気はどのくらい動くのか」「圧力はどこにかかるのか」と考える。そこには、「当たり前を当たり前のままにしない」という姿勢があります。

日本のものづくりにも、同じ精神を見ることができます。自動車の部品をほんのわずかに改良する。カメラのレンズをさらに精密にする。炊飯器の温度制御を改善する。医療機器を小型化する。材料の性質をほんの少し変える。一つ一つは非常に小さな改良です。しかし、そうした「小さな改善の積み重ね」が、日本の製造業や科学技術を支えてきました。

 イグ・ノーベル賞で日本人が繰り返し評価されているのも、こうした「大きな発見だけではなく、小さな疑問を徹底的に掘り下げる」という研究文化が背景にあるのではないでしょうか。そして、もう一つ日本を称賛したいのは、今回の研究が「1977年の研究」だったことです。現在のAI研究のような最先端分野ではありません。半導体でも宇宙でもありません。

 それでも、49年前の研究が消えずに残っていて、半世紀後に世界から掘り起こされる。これは、研究成果を論文として残し、大学や学会の中で知識を蓄積してきたことの価値でもあります。科学というものは、「今年すぐ結果が出るもの」だけではありません。1977年に誰かが残した小さな研究が、2026年になって突然、世界中の人々に知られる。こういうことが起こるからこそ、基礎研究には意味があります。

そして私は、このニュースを「日本人は変な研究が好きだからイグ・ノーベル賞を取る」という話にしてしまうよりも、「日本人は、世界の誰もが見過ごしている身近な現象を、笑わず、馬鹿にせず、真面目に研究することができる」と評価したいと思います。「鼻のかみ方」という言葉だけを見ると、確かに笑ってしまいます。しかし、その裏側には、日常生活を科学に変える研究者の姿があります。

 そして、それが20年間続いている。これは、日本の科学が持っている一つの美点でしょう。巨大な実験施設だけが科学ではありません。宇宙の謎を解くことも科学なら、「人間はどうやって鼻をかんでいるのだろう」と疑問を持つことも科学です。むしろ、そうした小さな疑問を大切にできる社会には、科学を育てる土壌があります。今回のイグ・ノーベル賞は、「鼻のかみ方」というユーモラスな研究を通して、日本の科学文化の非常に真面目な部分を世界に見せてくれたのではないでしょうか。

 「そんなことまで研究するのか」ではなく、「そんなことまで研究できるのが科学なのだ」。そして、その姿勢を日本の研究者たちが20年連続で世界に示してきた。そう考えると、今回の「鼻のかみ方」の受賞は、実に日本らしく、そして非常に誇らしい20年連続受賞だったと言えると思います。