2026年 9月13日
収穫にはまだ早いが、稲穂が頭を垂れてきた。気が付けば金木犀の香りが漂っている。
この夏は・・・というか、すでに秋の雰囲気だけど、実に雨が多い。雨が多いおかげで猛暑にならず、そのために秋めいているともいえる。一週間の内の5日は雨が降り、残りの2日が曇りという割合の天気がずっと続いた。その曇りの日だって、何かのきっかけでサラサラと雨が降る事もあった。
ただ、こんなに雨の話が多くても、雨による災害が毎週のように報じられても、渇水に悩む地方も依然としてあるみたいだ。西日本にはダムに水がほとんど溜まっていない所もあるらしい。そういえば、ここ津久井だって、春頃はダムに水が溜まってなくて騒ぎになっていたな。
世界を見渡すと、やはりヨーロッパでは酷暑の影響が大きいみたいで、農作物の不作が報じられている。なんとも気の毒な話だけど、どうなんだろうなぁ、前にも書いたけれど、今回の夏でヨーロッパの方々も、かなり気候変動について深刻にとらえるようになったんじゃなかろうか。もともと環境問題に対しては厳しい認識を持った地域だけど、温室効果ガスの排出に関して甘い認識を持った国の工業製品は、輸入を制限すると言い出しても不思議ではないと思う。そんな事態になった場合の、日本側の気構えとかは大丈夫だろうか。
製造業の話と言えば、三菱自動車がロボットの生産を始めるというニュースがあった。まあこれから、いろんな会社が始めるだろうなぁとは思っていたけれど。自動車の会社がそれを始める事に、なんの不自然さはない。
ただこんな事も考える。そもそも日本の自動車メーカーだって、始めから自動車を作っていたわけではないだろう。トヨタだって出発は自動織機の会社だったし。「このまま織機だけ作っていても先細りだから、これまで築き上げてきたノウハウを生かして、新しい分野に挑んでみよう」と、自動車を作り始めたわけだ。
それを思えば、このまま自動車だけ作っていても先細りになると考える自動車メーカーがあっても不思議ではない。何しろ人手不足が心配されている世の中だ。ロボットの需要は増えて行くのは間違いない。
時々、この日記で書いてきたけれど、私としては、山の作業にもロボットが使われないかなぁという希望がある。最初は作業が出来なくてもいい。山を歩きながら見回りをするだけでもいいと思っている。
イノシシや鹿や熊といった有害な獣の監視。大雨が降った時の、土砂崩れが心配される場所の調査。そんなロボットが、山里の地上と上空から見回りをしていたら、それだけでも役に立つことは多いだろう。
路線バスが廃止された後に、自動運転が可能な車が普及してくれると有難い。ロボットに限らず、人工知能の発展だって、山里にとっては有益だろう。どこかの実験で、柚子の収穫をロボットが手伝ってくれる話が合ったけれど、今は未だ実験の段階でも、これから山里の日常の風景になっていくんじゃなかろうか。
これまでの所、ロボットの開発と普及と言う話になると、工場などでの労働力としての活躍が想定されることが多かったけれど、案外、山里の方がロボットとは相性が良いように感じる。それはちょうど、都会に住んでいる人が自家用車を必要としないくらいに公共交通に恵まれる一方、地方や田舎では車が無いと生活できない状況があるように。
都会の人間が特に道具を買わなくても、普通に生活が出来ても、山里に住む人間は、草刈り機や電動工具や、はてはチェーンソーまで、いろんな機械を持っていないと暮らせていけないように。さらに言えば、そういった道具が故障した時は、自力で治せたり、日々のメンテナンスをきちんとできる能力が必要だったり。
山里って、たくさんの道具を使って何とか生活が維持できている。そういう生き方を陶然の事として、これまでやってきた人々がいる。ロボットのような、新しい機械が広まるのだって、山里の人間の方が受け入れるのは上手なんじゃないかと思う。
で、山里の人間なら、ロボットが導入されても、ロボットに頼りきりになるようには、ならないんじゃないかと思っている。例えば、チェーンソーを使うのだって、山里の人間は、エンジンの不具合だって直してしまうし、刃の切れ味が悪くなったら自分で研ぐ。道具は買っておしまい、ではなく、道具を上手に使うにも腕前が必要だと経験的に知っている。
人工知能にしろロボットにしろ、人間がそれに支配されると言う不安が常々語られるが、道具は使いこなせてこそだろう。車のタイヤくらい、自分で交換できないと田舎では馬鹿にされるけれど、そういった腕に覚えのある人が、ロボットにも必要とされるのではないか。