遺産分割協議書に「処分には他の相続人の承諾が必要」と書ける?|無断で売却された場合の効力と条項の決め方
遺産分割協議書に「処分には他の相続人の承諾が必要」と書くことはできます。ただし、約束に反して売却されても、その売却は原則として無効になりません。
遺産分割で、一人の相続人が不動産を単独で取得することになりました。ただ、ほかの相続人からは、「この不動産はすぐには売らないでほしい」 「処分するときには、ほかの相続人にも相談してほしい」 という希望が出ています。
そこで遺産分割協議書に「この不動産を処分するときは、他の相続人の承諾を得なければならない」という条項を入れることはできるのか。また、その約束に反して売却された場合、売却を無効にできるのか。
この問題は、「相続人同士の約束としての効力」と「不動産の所有権そのものに対する効力」を分けて考えると整理できます。
この記事の内容
・「処分には承諾が必要」と定めること自体はできる
・承諾なしに売却したら、売却は無効になるのか
・協議書に書けば、登記簿にも載るのか
・約束違反を理由に遺産分割を解除できるのか
・承諾条項に意味はあるのか
・「相談」と「承諾」は同じではない
・処分制限をいつまで続けるのか
・無断処分を本当に防ぎたいときの方法
・条項の決め方 書く前に決めておく6つのこと
・条項は書けます。詰まるのは「何のために書くのか」です
・あわせて読む
・まとめ 「承諾が必要」と書く前に、目的を確認する
下の図は、「処分には承諾が必要」という約束が、相続人の間と、第三者との間で、それぞれどこまで届くかを並べたものです。
- 相続人の間では:約束として効力があります。承諾なく処分すれば約束違反で、損害賠償の問題になり得ます。違約金も定められます。ただし、違反を理由に遺産分割を一方的に解除することはできません。
- 第三者との間では:売却は原則として有効です。Aの所有権に処分の制限は付かず、買主が約束を知っていても、原則として結論は変わりません。約束は登記できず、登記簿を見ても分かりません。
「処分には承諾が必要」と定めること自体はできる
たとえば、相続人A・B・Cの遺産分割で、Aが自宅不動産を単独で取得するとします。そのうえで、
「Aは、本件不動産を処分するときは、あらかじめBおよびCの承諾を得なければならない。」
と定めます。このような約束を遺産分割協議の中に設けること自体は可能です。
ただし、法律上の意味は正確に理解しておく必要があります。Aは遺産分割によって不動産の単独所有者になります。所有権は、その物を使用・収益・処分できる権利です(民法206条)。そして、法律に定めのない物権的な制限を、当事者の合意だけで作り出すことはできません(民法175条)。
したがって、「処分にはB・Cの承諾が必要」と約束しただけで、Aの所有権そのものに処分制限が付くわけではありません。ここが最も大切なところです。
承諾なしに売却したら、売却は無効になるのか
Aが約束に反し、B・Cの承諾を得ずに第三者Xへ不動産を売却したとします。
このとき「承諾がなかったのだから、AからXへの売却は無効だ」とは言えません。Aは所有者であり、B・Cとの「承諾なく処分しない」という約束は、基本的にAとB・Cとの間の債権的な約束にとどまるからです。Xが約束の存在を知っていたとしても、原則として結論は変わりません。
「売らないという約束に違反した」ことと、「法律上、売ることができなかった」ことは同じではありません。
協議書に書けば、登記簿にも載るのか
遺産分割協議書に「処分にはB・Cの承諾が必要」と書いても、その内容が相続登記に記録されるわけではありません。相続登記に記録されるのは「Aが相続によって所有権を取得した」という事実であり、相続人間の約束は登記できる事項ではないからです。
したがって、承諾条項は協議書の中の約束として残るだけで、第三者が登記簿を見ても分かる処分制限にはなりません。
買主が約束の存在に気づかないまま取引が進むことも十分あり得る、という前提で条項を考える必要があります。
約束違反を理由に遺産分割を解除できるのか
では、「Aが約束を破ったのだから、遺産分割を解除して不動産を取り戻そう」とすることはできるでしょうか。
ここで重要なのが、最高裁平成元年2月9日判決です。最高裁は、遺産分割協議で相続人の一人が他の相続人に対して債務を負担した場合、その債務が履行されなくても、他の相続人は債務不履行(民法541条)を理由に遺産分割協議を解除することはできない、と判断しました。遺産分割は協議の成立によって終了し、その後は、協議によって生じた相続人間の債権債務の履行の問題が残るだけ、という考え方です。
「Aは処分するときにB・Cの承諾を得る」と定めただけの場合、Aが違反しても、それを理由に一方的に遺産分割を解除し、不動産を遺産共有の状態に戻すことはできないと考えておく必要があります。
全員が合意すれば「やり直し」はできる。ただし税金と登記に注意
一方的な解除はできませんが、相続人全員が合意すれば話は別です。最高裁平成2年9月27日判決は、成立済みの遺産分割協議でも、共同相続人全員の合意で全部または一部を解除し、改めて分割協議をすることができると認めました。遺産分割協議も相続人同士の合意である以上、全員がそろって白紙に戻すことを妨げる理由はない、という考え方です。
ただし、実務では「民法上やり直せる」ことと「税務上もやり直しとして扱われる」ことは別です。
税務では、当初の分割で財産が確定した後の再分割は、原則として「最初からその分割だった」とは扱われません。当初の分割に無効や取消しの原因があったような場合を除き、1回目の協議で取得した相続人から、2回目の協議で取得した相続人へ、贈与・譲渡・交換があったものとみなされます。その結果、贈与税や譲渡所得税が思わぬ金額でかかることがあります。
登記の面でも負担があります。すでに相続登記を済ませている場合、いったん現在の相続登記を「合意解除」を原因として抹消し、そのうえで新しい協議内容にもとづいて改めて相続登記をする、という2段階の手続きになり、どちらにも相続人全員の関与が必要です。最初から誤りがあった場合の「更正登記」で済ませることはできません。
さらに、取得した相続人がその不動産に抵当権を設定しているなど、登記上の利害関係人がいる場合は、その承諾がなければ抹消できません。金融機関が担保を手放す承諾をすることは、通常考えにくいところです。
このような場合、抹消ではなく、合意解除を原因とする所有権移転登記の形で被相続人の名義に戻すことも考えられます。ただ、先に登記を備えた抵当権者に合意解除を主張することはできず、抵当権はそのまま残ります。登記はできても、担保の付いた不動産を分け直すことになり、問題は解決しません。
そのため、約束違反があったからといって、安易に「全員で合意解除してやり直そう」と進めるべきではありません。そもそも、不動産がすでに第三者へ売却された後では、合意解除をしても不動産そのものは戻ってこないのが通常です。
承諾条項に意味はあるのか
意味がないわけではありません。この条項は、Aに「B・Cの承諾なく不動産を処分しない」という義務を負わせます。Aが違反すれば、債務不履行として損害賠償の問題になり得ます(民法415条)。
ただ、承諾なく売却されたことで、BやCにどれだけの損害が生じたのかを示すのは簡単ではありません。そこで、実効性を高めたい場合は、「承諾なく処分したときは、BおよびCに対し各○円を支払う」といった違約金(損害賠償額の予定)を定めることも考えられます(民法420条)。
ただし、どんな金額でも有効になるわけではありません。処分を制限する目的や期間、違反によって生じる不利益との釣り合いを欠く高額な違約金は、公序良俗(民法90条)の観点から効力が制限されることがあります。
違約金を実際に受け取る場面では、受け取った側の税務上の扱いも問題になります。金額を決める段階で、税理士と連携して確認しておくと安心です。
また、Aが亡くなった場合、この義務はAの相続人に引き継がれるのが原則です。取得者側の次の世代まで縛ることになる点も、あらかじめ意識しておきたいところです。
「相談」と「承諾」は同じではない
実際のご相談では、ここを確認することが大切です。
家族から「売るときには一言相談してほしい」と言われたことを、そのまま「他の相続人全員の承諾がなければ処分してはならない」という条項にすると、意味が大きく変わります。
「相談してほしい」「事前に知らせてほしい」という希望であれば、事前通知義務や協議義務で目的を果たせることがあります。これに対して「承諾を得なければならない」とすると、他の相続人に事実上の拒否権を与えることになります。
期間を定めなければ、遺産分割から10年、20年たっても、AはB・Cの承諾を求め続けなければなりません。そうなると、次のような問題も出てきます。
- BやCが亡くなったら、承諾は誰から得るのか
- BやCが判断能力を失ったらどうするのか
- 合理的な理由なく承諾を拒まれたらどうするのか
協議書を作るときは、単に「承諾が必要」と書くのではなく、当事者が本当に求めているのは「相談」なのか、「通知」なのか、「承諾」なのかを確認することが出発点になります。
処分制限をいつまで続けるのか
もう一つ重要なのが期間です。「母がこの自宅に住んでいる間は売らないでほしい」という事情と、「特に理由はないが、ずっと兄弟全員の承諾なしには売らないでほしい」という事情では、意味がまったく違います。
処分を制限する必要があるなら、「令和○年○月○日まで」「母が本件建物に居住している間」など、目的に応じて終了時期を決めておく方法があります。
単独で不動産を取得させながら、ほかの相続人がいつまでも承諾権を持ち続ける形にするのであれば、そこまでの必要があるのかを一度立ち止まって検討しておくべきでしょう。
無断処分を本当に防ぎたいときの方法
繰り返しになりますが、承諾条項だけでは、第三者への売却そのものを止めることはできません。そこで、家族の希望に応じて、次のような方法も検討します。
- 売る前に家族で話し合ってほしい:事前通知義務・協議義務を定める。ただし、売却そのものは止められない。
- 無断売却をできるだけ抑えたい:承諾義務に相当な違約金を組み合わせる。金額と期間の釣り合いが必要。
- 売るなら利益の一部を分けてほしい:売却時の金銭支払条項を定める。代償金か贈与かなど、税務上の扱いを税理士と連携して確認する。
- 母の住まいを守りたい:遺産分割で母に配偶者居住権を設定し、登記する。登記しておけば、建物が売却されても母は住み続けられる。母が相続開始の時にその建物に住んでいたことが前提になる。
- 一人で全体を売れないようにしたい:あえて共有で取得する。各自の持分は単独で処分でき、将来の共有物分割の問題も残る。
- 長期間、管理や処分の方法を決めておきたい:民事信託(家族信託)を使う。仕組みの設計と関係者の理解が前提になる。
条項の決め方 書く前に決めておく6つのこと
承諾条項や通知条項を入れると決めたら、少なくとも次の6つを決めておきます。ここが曖昧なままだと、何年も後に「この場合も承諾が必要だったのか」という解釈の争いになります。
- 目的:なぜ処分を制限するのか(母の住まいを守るため、など)
- 対象となる「処分」:売却だけか、贈与・交換や抵当権の設定、長期の賃貸まで含めるのか
- 求めるもの:通知なのか、協議なのか、承諾なのか
- 期間:いつまで続けるのか。期限を決めるのか、母の居住が終わるまでなのか
- 承諾する人がいなくなったとき:BやCが亡くなったり、判断能力を失ったりした場合の扱い
- 違反したとき:違約金や金銭の支払いを定めるのか
たとえば「母が住んでいる間は、売る前に知らせて話し合ってほしい」という希望であれば、次のような条項が考えられます。
「第○条 Aは、母Dが本件建物に居住している間に、本件不動産を売却し、贈与し、または担保に供しようとするときは、あらかじめBおよびCに書面で通知し、協議の機会を設けるものとする。 2 前項の定めは、Dが本件建物に居住しなくなったとき、またはDが死亡したときに効力を失う。」
これに対して、一定期間は承諾がなければ売らないでほしいという希望であれば、たとえば次のようになります。
「第○条 Aは、令和○年○月○日までの間、BおよびCの書面による承諾を得なければ、本件不動産を売却し、贈与し、または担保に供してはならない。 2 BおよびCは、正当な理由がない限り、前項の承諾を拒まないものとする。 3 BまたはCが死亡し、または判断能力を欠く状態となったときは、その者の承諾は要しないものとする。 4 Aが第1項に違反したときは、BおよびCに対し、それぞれ金○円を支払う。」
2つ目の条項の2項と3項は、承諾が「事実上の拒否権」になりすぎないように、また、承諾する人がいなくなって手続きが止まらないようにするためのものです。4項の金額は、先に書いたとおり、制限の目的や期間との釣り合いを考えて決めます。
ここに挙げた条項は一例です。実際には、ご家族の事情に合わせて言葉を選びます。
なお、遺産分割協議書は相続登記や預金の解約などの手続きで提出する書類です。家族の間の約束をそこに載せたくない場合は、協議書とは別に「合意書」として作る方法もあります。
条項は書けます。詰まるのは「何のために書くのか」です
手続きの答えははっきりしています。承諾条項は協議書に書けますが、効力は相続人同士の約束にとどまり、売却を無効にする力はありません。
本当に話し合いが止まるのは、条文の書き方ではなく、「勝手に売ってほしくない」という言葉の中身です。お母さまの住まいを守りたいのか、実家を残したいのか、売ったときの不公平が心配なのか。ここが言葉になっていないまま条項だけを整えると、何年も後に、かえって家族の間のしこりになります。
分かれ目は、「誰が取得するか」を決める段階で、「その後どうしてほしいか」まで話せるかどうかです。
全体の流れの中でいまどこを考えているかは相続の道筋地図で、似た状況でほかのご家族がどう決めたかは相続の判断例で確かめられます。
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まとめ 「承諾が必要」と書く前に、目的を確認する
遺産分割で一人の相続人に不動産を取得させ、「処分するときは他の相続人の承諾を得る」という約束を設けることはできます。ただし、この条項は基本的に相続人間の債権的な約束です。約束に反して処分されても、次のようにはなりません。
- 第三者への売却が当然に無効になる
- 遺産分割を一方的に解除できる
- 不動産が自動的にほかの相続人へ戻る
一方で、承諾義務に違反すれば、相続人間では損害賠償などの問題になり得ます。
だからこそ、協議書を作る際には「勝手に売ってほしくない」という言葉だけで終わらせず、なぜ処分を制限したいのかを確かめることが大切です。
- 売る前に話し合ってほしいだけなのか
- 一定期間だけ売らないでほしいのか ほかの相続人に拒否権まで持たせたいのか
- 売るなら利益を調整したいのか
目的によって、協議書に書くべき内容は変わります。
誰が不動産を取得するかだけでなく、その後その不動産をどうしてほしいのかまで話し合っておくことが、後のトラブルを防ぐいちばんの近道です。
協議書に何を書くかを決める前の、家族の希望がまだ言葉になっていない段階でも、ご相談いただけます。初回のご相談は無料です。