塾で子どもたちに伝えたい、僕がイチローに教えてもらったこと
2006年、就職活動中だった僕は、各社の説明会に向かう道すがら、ラジオで、ワールド・ベースボール・クラシックの実況を聞いていた。
「デービッドソンの世紀の大誤審」や「アナハイムの奇跡」が有名な、あの野球世界大会の第一回大会である。
この時、既にメジャーリーガーとして活躍し、レジェンドとなっていた彼は、ここでも驚くべきことをやってのける。
それは、野球大国アメリカとの決戦の日に起こった。
初回、一番バッターとして打席に立った彼は、いつものあの構えから鋭く投手を見据える。心震えるその瞬間は、試合が始まって僅か三球目に訪れた。
会心の一撃。初回先頭打者ホームラン。
弧を描きスタンドへと消えた白球は、アメリカ相手ということできっと少しだけ臆していたナインだけでなく、日本中にも勇気を与えたと思う。
その勢いで第一回のWBCを制した日本は、続く二回目も決勝へと駒を進める。あれは2009年のことだった。
僕は営業マンとして渋谷のお客様先にいた。先方の社長と一緒に、大画面で決勝を見た記憶がある。渋谷から人は消え、先物取引も止まったとか止まらないとか。そう、あの瞬間のことだ。
決勝までは極度の打撃不振。そんな彼に、最高の場面で打席が巡ってくる。
延長10回、同点に追いつかれた直後、2アウトながら、ランナー2、3塁。
一塁が空いている中、勝負を選んだ韓国チームもアッパレだが、彼は彼で客観的な視点でその状況を見つめ「自分で実況しながら打席に入った」というからこれまたアッパレである。
ファウルで粘ったあと、飛び出した渾身の一打。
お手本のような綺麗なセンター返しだった。想いが乗っかったかのような、素晴らしい一打だった。
その瞬間、日本中がガッツポーズしたと錯覚するぐらいの盛り上がりを感じたことを今も覚えている。
冒頭、野球ファンでなくとも印象に残っているだろうこの2シーンを挙げたが、もちろん彼のことで、記憶に残っている場面はそれだけではない。それだけではないというか、数え切れないぐらい沢山ある。
日本での活躍はもちろん、海外での偉業の数々。日米通算4367安打。日本での7年連続首位打者。メジャー一年目でMVPと新人王のW受賞。「誰にも破られない記録」シーズン最多安打。オールスターでの初のランニングホームラン。華麗な守備にレーザービーム。その守備エリアの広さとミラクルが起こることからエリア51と呼ばれたライト。失敗しない盗塁。忍者のような走塁。ファンの目をホームランだけに注目させるのではなく、スピード感の醍醐味を見せることで内野安打の概念を変えた。日本の野球を、メジャーの野球を進化させた男。
「魔法使い」とも呼ばれ、いとも簡単にヒットを打つ。そんなヒーローが、最後はヒットが打てずに苦しむというのも、神様の悪戯のようで趣深い。「どんな偉人だって、苦しむこともある。うまくいかないときもある」と教えてくれたのかもしれない。
振り返れば、いつもテレビの目の前で、彼の活躍に夢中になっていた。彼のニュースを探してチャンネルを変えたりもした。彼の活躍に、一喜一憂した。彼の言葉に、姿勢に、行動に、いっぱいの学びと勇気をもらった。
「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています」
そんな自身の言葉通り、積み重ね積み重ねて、彼は誰にも到達できない遥か高みへと昇った。
世界で一番ヒットを打った人、イチロー。
足元にも及ばないけれど、
「よし、僕も頑張ろう」
何度そう思わせてくれたことか。
引退発表の前日、ちょうど僕は彼についてのお気に入りのお話を、生徒たちや保護者の皆様に配っていた。
「小学6年生の作文」というお話だ。
僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。そのためには中学、高校と全国大会に出て活躍しなければなりません。活躍できるようになるためには練習が必要です。 僕は三才の時から練習を始めています。 三才から七才では半年くらいやっていましたが、三年生の時から今までは365日中360日は激しい練習をやっています。だから、一週間中で友達と遊べる時間は五、六時間です。 そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球選手になると思います。 そして、その球団は中日ドラゴンズか、西武ライオンズです。 ドラフト一位で契約金は一億円以上が目標です。 僕が自信のあるのは投手か打撃です。去年の夏、僕たちは全国大会に行きました。 そして、ほとんどの投手を見てきましたが自分が大会ナンバーワン選手と確信でき、打撃では県大会四試合のうちホームラン三本を打てました。 そして、全体を通した打率は五割八分三厘でした。 このように自分でも納得のいく成績でした。 そして、僕たちは一年間負け知らずで野球ができました。 だから、この調子でこれからもがんばります。 そして、僕が一流の選手になって試合に出られるようになったら、お世話になった人に招待券を配って応援してもらうのも夢の一つです。 とにかく一番大きな夢は野球選手になることです。
そう、若き日のイチローの作文である。
実は、今まで擦り切れるんじゃないかと思うぐらい、このお話をお手紙で紹介した。それだけ、僕自身も学びをもらい、また生徒たちに伝えてあげたいと思った言葉たちだ。
言葉だけじゃない。彼の姿勢も子どもたちに伝えてあげたかった。僕自身だってなかなか真似できないけれど、その姿勢は「これがお手本だよ」と胸を張って言えるものだから。
彼は毎日の努力を欠かさない。本人はそれを努力とも思っていないだろうけど、人から見たらとんでもないほどの努力を日々実行し、継続する。
引退の記者会見で彼はこんなことを話していた。これはぜひ、全文をご紹介したい。
人より頑張ることなんてとてもできないんですよね。あくまでも、秤(はかり)は自分のなかにある。それで自分なりに秤を使いながら、自分の限界を見ながら、ちょっと超えていくということを繰り返していく。そうすると、いつの日か「こんな自分になっているんだ」という状態になって。だから、少しずつの積み重ねが、それでしか自分を超えていけないというふうに思うんですよね。
一気に高みに行こうとすると、今の自分の状態とギャップがありすぎて、それが続けられないと僕は考えているので。地道に進むしかない。進むだけではないですね。後退もしながら、ある時は後退しかしない時期もあると思うので。
でも、自分がやると決めたことを信じてやっていく。でもそれは正解とは限らないですよね。間違ったことを続けてしまっていることもあるんですけど。でもそうやって遠回りすることでしか、本当の自分に出会えないというか。そんな気がしているので。
イチローだって、近道を通ってきたわけではないんだ。多くの栄光を手にした彼だって、悩み苦しんでいたんだ。それはまるで、遠回りしてもいいんだよ、間違えてもいいんだよと教えてくれたようだった。だけど、続けることが大切なんだよと。
最初は、ドラフト4位からのスタートだったんだもんね。会見でも「それはある意味挫折だった」と語っていたけれど、常に順中満帆というわけでは決してなかった。
でも、続けてきた。
継続力だけじゃない。彼は、いつでも全力だった。最後の最後の打席のショートゴロでも、全力疾走。常に全力。その姿勢も、僕らに凄さと気付きを与えてくれた。
また、彼は有言実行の男だった。自分にプレッシャーを掛けるように言葉を紡いだ。今回の記者会見で、彼は言った。「最低50歳まで現役!」と言っていた自分を揶揄するかのように「有言不実行な男」と冗談交じりに、だけど、真剣な目で。言葉にすることの大切さを示した。
言葉にすること。難しいかもしれないけど、言葉にして表現することというのは、目標に近づく一つの方法ではないかなというふうに思っています。
スーパースターのそんな姿勢や成功論は、これからを生きる子どもたちの大きな指針となってくれることだろう。
彼は言う。
やりたいならやってみればいい。「できる」と思うから挑戦するのではなく、「やりたい」と思えば挑戦すれば良い。その時に、どんな結果が出ようとも、後悔はないと思うんですよね。
いつか一流のプロ野球選手を夢見た少年は、夢を叶え、そしてその夢を飛び越え、海を渡り、多くの人に夢や感動を与え続けた。
スーパースターだった。憧れだった。比べてみたらちっぽけだけど、何かプレッシャーと戦う時、頑張ることがある時、苦しい瞬間、ビビっている瞬間、僕はよく頭の中で、心の中で、イチローを思い浮かべた。
「あの人だったらきっとこうするな」って、そう思うことで、救われた。歯を食いしばり、僕も頑張ろうと思えた。
ありがとう、イチロー。
やっぱりすごく残念だし、なんだか寂しいし、本音を言えば引退なんて嫌だけど、まだあなたの活躍をずっと見ていたいけれど、
やっぱり、去り際もすごく格好良かったです。
本当に、お疲れ様でした。
今後のご活躍も、心から期待しております。
最後に、そんな彼からの子どもたちへのメッセージを、ここにも記しておこうと思う。
記者会見で、「子どもたちにメッセージは?」と訊かれて、彼はこう答えた。
野球だけでなくても良いんですよね、始めるものは。自分が熱中できるもの、夢中になれるものをみつけられれば、それに向かってエネルギーを注げるので。そういうものを早く見つけて欲しいなと思います。
それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁に向かっていける。向かうことができると思います。それが見つからないと、壁が出てくると諦めてしまうということがあると思うので。
色々なことにトライして、自分に向くか向かないかというよりも、自分が好きなものを見つけてほしいなと思います。
僕も、子どもたちが色んなことにトライできるように、サポートできる大人の一人で在りたいなと思った。
折角エネルギーを全力で注げる好きなことをやっているのだから、まだまだ僕も頑張らなくては。
偉大なるヒーローを見習って。
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完全に余談ですが、犬好きというのも嬉しい限りです。