古いジングラス。
イギリスのジングラス(高さ 8,7 cm)、18世紀前半又は半ば頃。この時代のグラスだと大きな気泡が一つか二つあったりする、18世紀終わり頃になるとそういうことは先ずなくなる。技術の進歩。この時代のガラス吹き職人は長生きはしなかっただろう、窓もないような暗い工房でガラスの熔炉の熱に晒され来る日も来る日も朝から晩まで働かされていたと思う。精々生きても四十代くらいだっただろう。この時代は工房で働いているときに事故に遭い怪我をしても補償などなかったと思う、親方が良い人であれば何かの償いはあったかも知れないがそうでなければ怪我で後遺症が残ってもそこを其の儘クビになるだけではなかったか。道を歩いてるときにブルジョア階級の馬車の車輪に轢かれるようなことがあっても、庶民の場合殆ど泣き寝入りだったのではないか。被害者が同じブルジョア階級の人であればまた違っただろうが、そもそもブルジョアは道をのろのろ歩かない、歩いているのはどちらかと言うと庶民だ。こんなことを考えていると18世紀の階級による不公平さは理不尽このうえない。この時代の詩人でイギリスで最初の国語辞典を一人で作ったサミュエル・ジョンソンなども元友人の娘で盲目の女性を引き取って家に住まわせていたり、黒人の若い男性を引き取り一緒に暮らしたりしていた。この時代はこういう個人の善意により恵まれない人は救われることもあったが、それはごく稀なラッキーな人にだけに起こったこと。「親ガチャ」という言葉があるらしいが、本当にこの時代はどの家に生まれ落ちるかによって人生は大きく左右された。
九州に数日帰省していた。金沢がイギリスだとすると九州はスペインみたいなイメージだ、人ものんびりしてて食べ物も安くて美味しい、ざっくばらんで飾り気が無いところが魅力。飲食店などでもお皿や空き瓶を下げに来るおばちゃんがちょっと一言面白いこと言ったりして金沢人化している自分には新鮮だ。僕の故郷、日田市は福岡市の南にある、福岡県、熊本県、大分県の三つの県に隣接する小さな街、江戸時代は天領だった。この小さな街のスーパーが金沢の街中のスーパーより断然品揃えが良く面白いのだ。先日もイオン・ビッグに行ったら世界中のアイスクリームが巨大な冷凍庫の列に何百種類もあり売っていた。ゆめマートに行くと日本中の見たこともない面白いお菓子が沢山並んでいて見てるだけで楽しい、フィリピンで今流行ってるチップスが売ってたりして刺激的。ついつい面白いギャグネタが書いてあるお菓子に手が伸びる。そう、金沢の街中のスーパーは(エムザの地下は例外)何の刺激も無い、ただ無反応に要る物を買うだけ、全く楽しくない!遊び心がないのだ。
この差は何処から来るのか、日田市は福岡から高速で一時間強、こんな小さな街なのに金沢のスーパーより比べられないほど進んでいる、福岡から来る大きな資本に晒されている、変わって金沢は、よく言えば守られているが悪く言えば本当に遅れてる。日々の買い物の楽しみが無い。今日もマルエーに行ったが、店は暗かった、粛々とお漬物とメンマを手に帰って来た。こういう点では北陸は今でも「陸の孤島」だと思う。
真面目な話し、金沢の進化を阻んでいるのは、地元の人の金沢に対する自己評価が高過ぎることだと思う。もっと冷静に自分の街を観るべきだ。勿論全国的に見ても恵まれた素晴らしい街だ。でも、皆んなが何処の新聞取ってるか見れば分かるように、ヒエラルキーの中で上に逆らわないような消極的選択がこの街には蔓延している、という側面もあるということを若い人達は知って欲しい。僕は金沢の街は好きだ、だからもっと良い方向に変わっていって欲しい。