サナエトンボ
私の妻は、大学の同期生同士で月に一度都内各地を散策するグループの一員である。最初高尾山に登ったことで高尾山会と名づけられた今は数名のこのグループは、私の妻はさることながら、実に才能豊かな女性の集まりである。散策だけではなくて、毎日、スマホのLineで情報交換を行っている。お互いそれなりの年齢だから、そのやりとりは、無事息災を認識しあう挨拶スタンプの交換が中心である。さらに、妻はここで交わされる短い文章を、時々私に見せてくれるが、先日のやりとりは忘れられないものだった。仲間の一人、小野雅子さんが散歩の途中トンボを見かけて、それを短文に纏められ、写真が添えられていたのである。文章は俳句のような形式で、上五の部分には10音を使い、「ムクゲ咲く道 大ヤンマ」と結ばれている。大きなトンボをすぐ近くで見た感動がよく伝わってくる。仲間の一人山崎晃子さんは、このような文章の送受信を、いつも適切なコメントで盛り上げられる。メンバーは、優れた感性と鋭敏な理性の持ち主揃いで、植物と昆虫について専門家はだしの知識を有する夏目和子さんは、この句の「大ヤンマ」はいかなるトンボかと写真を分析して、「サナエトンボ」と結論づけられた。
写真のトンボは葉の上で翅を休めており、長い腹部の節ごとに黒と黄色が見える。黄色の部分が目立つところは違っているようだが、私はオニヤンマを思い出した。すると、少年時代の出来事が脳内によみがえり、記憶の糸が次々にたぐり出てきた。小学校五年生の時、私はオニヤンマと思わぬ遭遇をした。それは京都で発病した祖父を見舞った時のこと。病院近くの東福寺境内で、通天橋の鴬張りの仕掛けを見るため、橋の袂の崖を降りて橋板の裏を仰いだら、オニヤンマがそこに静かに止まっていた。実に大きなオニヤンマだった。珍しかった。
子供の頃には、小松にトンボは沢山いた。シオカラトンボ、ムギワラトンボ、アカトンボ、イトトンボと種類は多かったが、憧れたのはギンヤンマだった。緑色の胴体と茶色い腹部。オスは胴体の一部が空色で宝石を思わせる。オニヤンマは、ほとんどいなかった。ギンヤンマは、ネットでは、昔はオスを「ギン」、メスを「チャン」と呼んだとされているが、小松では、オスを普通に「ヤンマ」、メスを「ベト」と言っていた。ギンヤンマは、オスもメスも、田圃の上をすいすい速く飛び廻り、時にオスメス番いになって飛んでいた。これは「マンゲロ」と呼ばれ、動きがややにぶいから、捕らえやすい。
ヤンマを釣るには、まずタモで一匹確保する。その胴を長い糸の先に結わえて、その糸を棹に結びつける。その棹を振り回してヤンマを飛ばしながらヤンマを誘う。そこでヤンマに呼びかける歌を歌う。「(高く)ヤンシャマー(低く)ヤンシャマー(高く)ヤンシャマー(低く)ヤンシャマー(高く)ヤンヤン・ヤンシャマー」と。それをめがけて別のヤンマが急降下してくると、タモでとらえる。私の少年時代は、ギンヤンマもオニヤンマも捕らえるのに規制はなかったと思うが、今は、絶滅に近い希少種として、大切に保護すべき種類のトンボも多いのだろう。
さて、つかまえたギンヤンマを入れるのはネズミトリ籠。あの頃は、家にネズミトリの籠があった。針金で粗くタテヨコに編んだ長さ30センチ高さと幅が15センチほどの籠で、開いた端からネズミが入ると、端の蓋がパタンと閉じる仕掛けになっていた。籠の上部にはネズミが外からだけ入れる穴が開けてあり、そこから、つかまったネズミを助けようとして救援のネズミが籠の中に入り込むと逃げられなくなるという仕組みであった。
そんなネズミトリ籠も、数匹のギンヤンマが入っていると、美術工芸品のように見える。空中のヤンマは、なぜ糸で結わえられたオトリのヤンマ目がけて急降下してくるのか。当時は、オスがメスと認識して近寄ってくると思っていて、ベトの方が価値が高かった。しかし、飛翔中のオスは糸先のオスに縄張りを侵されるのを恐れて、その排除のために降下してくるのかもしれなかった。私はヤンマツリにそれほど夢中にはならなかったが、後年、「秋津見恋之手鏡(あきづにみる・こいのてかがみ)」なる文楽台本を書く際に、ヤンマツリの仕掛けをストーリーに盛り込むのに、懸命になった。
この文楽劇は加賀騒動を書いたもので、物語は次の通りである。藩政改革に功績を挙げた大月伝蔵は、伝統維持派の家老奥田修理と対立する。家中で評判の高い伝蔵と側室という名目で殿様の手許に居た若いお貞を強く憎む悪人一派は、伝蔵お貞の二人をヤンマの番いのように男女一緒にして捕らえ排斥する作戦を立てる。そこで、無理に二人で飲酒する機会をつくり、大酒を飲ませて、酔余、親密な関係があるかのような態度になったところに踏み込んで一挙捕縛する。奥田修理自身は、伝蔵の功績を十分に認識、評価しており、改革が行き過ぎないように、あえて伝蔵排除を許容したので、二人は命を奪われず、伝蔵は入牢、お貞は山小屋閉込めとなるが、伝蔵は牢を抜け出し、お貞の山小屋にたどり着いて救出、二人はトンボの如く山中をめぐって、至福の時を味わう。で、おしまい。
とんだ台本のスジまで書いてしまった。それにつけても、Lineで激励の言葉を掛け合いつつ、撮影した芸術的写真や科学的画像を紹介し合う高尾山会のみなさんの営みは、秋の田の上を美しく飛び交うギンヤンマを超えて、空に舞う天女のワザとすら思えてくる。このやりとりが、長く長く続くことをひたすら期待している。(2026年9月18日記)