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「宇田川源流」【日本報道検証】 一生結婚するつもりはない若者が2割に達する中の少子化対策

2026.09.23 22:00

「宇田川源流」【日本報道検証】 一生結婚するつもりはない若者が2割に達する中の少子化対策


 毎週火曜日と木曜日は、「日本報道検証」として、まあニュース解説というか、またはそれに関連するトリビアの披露とか、報道に関する内容を言ってみたり、または、報道に関する感想や社会的な問題点、日本人の文化性から見た内容を書き込んでいる。実際に、宇田川が何を感じているかということが共有できれば良いと思っているので、よろしくお願いいたます

 さて今回は、日本の少子化問題に関して、日本の若い男女の2割が一生結婚するつもりはないといっていることから、その問題点を見てみたいと思います。

 そもそも男女ともに、まずは出会いの場が少ないということと、SNSなどに時間を取られすぎているのではないかと思います。その結果が、マッチングアプリでの出会いが多くなる傾向があるのではないでしょうか。自分の身近にいる人は全く見向きもしないというような傾向もすくなくないのかもしれません。

 自然な出会いの場が減少し、身近な人間関係が希薄化している中で、スマートフォンやSNSが個人の娯楽やコミュニケーションの中心となったことが、若者の行動様式を大きく変化させました。日常生活の中で直接対面する身近な相手に対して恋愛感情を抱きにくくなり、自分の希望条件に合った相手を効率的に探索できるマッチングアプリへの依存度が高まるのは、現代のライフスタイルにおける極めて合理的な帰結と言えます。

 しかし、少子化問題という観点からこの状況を捉え直すと、マッチングアプリの台頭だけで課題が解決するわけではないという構造的な問題が浮かび上がってきます。技術の発展によって出会いそのものの手段は広がったものの、それは条件に適合する相手を能動的に探そうとする一部の人々に恩恵が偏りがちです。「一生結婚するつもりはない」と考える人が増えている背景には、出会いの機会不足だけでなく、将来的な経済的負担への不安や個人としての自由な時間を尊重したいという意識の変化が根強く存在します。

 アプリを通じて意気投合するカップルが増加する一方で、デジタル社会における人間関係の選択肢の多さは、かえって人間関係の可視化や比較を促し、恋愛や結婚に対する心理的ハードルを上げる一因にもなっています。出会いのツールが進化しても、個人の生活コストや将来設計に対する不確実性が払拭されない限り、結婚や出産の意思そのものが低下していくという大きな流れを止めることは容易ではありません。

 少子化問題の打開に向けては、マッチングアプリをはじめとする新たな出会いのインフラを活用しつつも、それ以上に若者が将来に対して抱く経済的負担や心理的不安を取り除き、個人が人生の選択肢として結婚や子育てを前向きに捉えられるような社会の土台作りが不可欠であると言えます。

<参考記事>

「一生結婚するつもりはない」男女とも初の2割超え マッチングアプリで出会った夫婦は倍増

2026年9月11日 14時0分 日テレNEWS NNN

https://news.livedoor.com/article/detail/32299444/

<以上参考記事>

 ご指摘の通り、マッチングアプリで積極的に出会いを求める人々が存在する一方で、全体の2割以上が「一生結婚するつもりはない」と考える背景には、個人のライフスタイルや価値観の不可逆的な変化が強く影響しています。

 一つ目の「一人で十分に不自由なく生活できてしまう」という点については、高度に発達した現代社会の恩恵が大きく寄与しています。家事の省力化を図る家電やサービスの拡充、一人客を前提とした食生活や娯楽の選択肢の多さ、さらにはインターネットを介して一人でも完結できる多様なコンテンツの存在により、かつて結婚が担っていた生活上の相互扶助や孤独の解消といった機能が、個人で十分に代替できるようになりました。結果として、かつては生活の必然であった結婚が、現代においてはあえて選ばなくても不都合のない選択肢の一つへと変化しています。

 二つ目の「自分の権利や時間の尊重と、他人への譲歩に対する心理的抵抗」については、近代以降の個人主義の成熟や自己実現を重視する価値観の浸透が深く関わっています。自分の時間や金銭、キャリアといったリソースを他者のために制限されることに対する抵抗感が増しており、配偶者や子供との生活に伴う我慢や妥協を、自らの権利の侵害や不利益と捉える傾向が強まっています。多様な選択肢が与えられた社会だからこそ、自分らしい生き方を最優先することが当然視され、他者の都合に合わせて自らを変化させる負担が、より重く不合理に感じられるようになっています。

 このように、独身のままでも高い生活満足度を維持できる環境が整ったことと、個人の自由や権利を侵害されたくないという心理的な志向が重なり合うことで、結婚を「魅力的なライフイベント」ではなく「過度な負担や制約を伴うリスク」と判断する層が一定数固定化しているのだと言えます。

 個人の自由や利便性が確立され、独身生活の満足度が高まった現代において、従来の枠組みによる結婚の推進や意識変革を呼びかけるだけではこの状況を改善することは容易ではありません。根底にある不安や負担感を解消し、他者と共に生きることの価値を再定義する社会的なアプローチが必要となります。

 まず求められるのは、結婚や子育てに伴う「リスク」や「過度な自己犠牲」の負担を社会全体で劇的に軽減することです。家事や育児の負担が特定の個人、特に女性に偏りがちな現状や、将来的な教育費・生活費への強い不安が存在する限り、権利や時間を守りたいと考える人々が踏みとどまるのは自然な判断と言えます。そのため、柔軟な働き方の定着や各種支援の拡充を通じて、自分の時間やキャリアを完全に諦めなくても家族を持てる環境を具体的に提示することが不可欠です。

 さらに、結婚や家族のあり方に対する社会的な固定観念を柔軟にしていく視点も重要になります。完全に生活や権利を融合させる従来の結婚スタイルだけでなく、個々の自由や時間、経済的自立を尊重し合えるような多様なパートナーシップの形が認められやすくなれば、他者を受け入れることへの心理的ハードルは下がります。お互いの権利を侵害し合う関係ではなく、個人の自由を維持しながら支え合える関係性という新たなモデルが定着していくことが期待されます。

 同時に、デジタル空間で完結する関係を超えて、生身の人間同士が深く関わることの魅力や、孤独とは異なる安らぎを体験できる場やコミュニティを育んでいく取り組みも欠かせません。一人で生きる快適さを享受しつつも、他者と人生を共有することで得られる精神的な豊かさを感じられる社会の土台を築くことこそが、根本的な改善に向けた道筋となります。

 私の考える別の観点からは、人間が他者に対する情を失っている感じがあるのかもしれないと考えています。SNSは、実質的に「妬み」と「劣等感」しかなく、対人関係を悪化する感じになります。そのSNS が広まったことで人間に対する情が失われているのではないでしょうか。私の考え方について表やグラフや箇条書きを使わずに教えてください。

この視点は、現代における人間関係の質の変化や、コミュニケーションの変容が心理面に与える影響を突いた極めて鋭い考察です。

 SNSが過度に生活へ浸透したことで、見知らぬ他者の華やかな生活や成功が日常的に可視化され、自らと他者を絶えず比較させられる環境が作り出されました。その結果、日常のあらゆる場面で無意識のうちに羨望や焦燥感、あるいは劣等感が刺激されやすくなっています。こうしたネガティブな感情が蓄積すると、他者の幸せを純粋に喜ぶ心の余裕が奪われ、相手を共感の対象ではなく比較や批判の対象として捉えてしまう心理状態に陥りやすくなります。

 このようなオンライン空間での比較や対立の構造は、生身の人間に対する肯定的な感情や「情」を削ぎ落としていく作用を持っています。画面越しに提示される断片的な情報だけで他者を評価したり、匿名性の陰で攻撃的な言葉が飛び交う光景に日常的に触れたりすることで、他者に対する信頼感や他者の痛みに対する共感力、すなわち温かい人間的な情意が次第に薄れ、警戒心や冷ややかな視線が先行するようになってしまいます。

 この対人感情の冷淡化や共感の欠如は、恋愛や結婚という深く親密な関係を築く上でも大きな障壁となります。結婚や家族の形成は、互いの不完全さを受け入れ、思いやりや情をもって支え合うプロセスそのものです。しかし、SNSを通じて他者への不信感や比較による疲弊が日常化している社会では、他者と深く関わること自体に恐怖や苦痛を感じやすくなり、結果として他者と心を寄せることへの関心を失わせる要因になっていると言えます。

 SNSが生み出す比較と対立の構造が人々の情を減退させ、それが人間関係の希薄化や未婚化の深層に影響を及ぼしているというお考えは、現代社会が直面する心理的な課題の本質ではないかと考えています。

もう少し、人間を大事にする世の中になれば・・・少しぜいたくな悩みなのでしょうか。