切抜帳34より③/エッセイ
2026.09.23 12:00
2002年3月25日号「わ」に「ミニミニ登山」。逗子のうちからすぐ近くの大崎山。。本当にミニミニです。娘たちが子供の頃はこの大崎公園に行くときはここに書いている通り、野犬がいるからと、登志夫は木刀を持ち、目を光らせて訪れたものです。一度も野犬に遭遇したことはありませんでしたが…。登志夫が糖尿病だの脚の不調があったりということで、運動するよう子供たちが靴やステッキを贈りました。
4月15日号「神奈川近代文学館」の「神奈川とわたし」に「黙阿弥いらいの縁」。逗子に越して30年の、そしてもっと昔の5歳からの夏の思い出など、神奈川県との縁についてのエッセイ。
家庭画報9月号の「忘れ得ぬ人、忘れ得ぬとき」に「シドニーの一夜 中村歌右衛門」。歌舞伎がオーストラリア公演に行った時、海外公演での恒例により登志夫が刺身を作ってふるまった時に歌右衛門が喜んでくれた話。このエッセイでは、歌右衛門が喜んで人に何度となく語っていたそうだと書いていますが、登志夫はそれ以上に料理の取材などになるとこのエピソードを語っていました。
日本不動産鑑定協会の「鑑定のひろば」に「十円の時計」という面白いエッセイ。登志夫の腕時計、ベルトタイプではなく、伸縮して装着するタイプのものでしたが、その伸縮する部分に長年の汚れがたまり、最後は娘がビックカメラで買ってきた安い軽い時計を愛用しました。登志夫はなんでも実用本位で、腕時計やバッグなどで見得をはろうという意識はありませんでした。
共立女子大学文芸学部報2003年4月7日号に「草創の頃」として、昔非常勤講師として出講した頃の雰囲気を書いています。