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9/27 「あなたがたの内に」 三浦 遙牧師  聖句:コロ1:21-29

2026.09.27 01:20

 本日の箇所はコロサイの信徒への手紙1章21節から29節。この手紙はパウロの名で書かれていますが、実際にはパウロ本人ではなく、その意思を継ぐ近しい人物によるものとされています。しかもコロサイの教会に、パウロは行ったことがありません。会ったこともない人が、熱心に自分たちのために祈っている。それだけで慰めであっただろうと思います。冒頭は厳し目です。あなたがたは、以前は神から離れ、悪い行いによって心の中で神に敵対していました。心の中で、と言われますと、牧師としても他人事ではありません。私も神様にはよく文句を言いますので。

 しかし今や、と続きます。神は御子の死によってあなたがたと和解し、聖なる者、きずのない者、とがめるところのない者としてくださった。何かを成し遂げたから和解できたのではなく、キリストの十字架によって与えられたのです。当時この教会には異なる教えを語る指導者が入り込み、救われるには条件があるなどと語られ、混乱して教会を去る人も、追い出される人もいたとされます。だからこそ、その信仰から離れるなと勧めるのでした。

 そして26節。世の初めから隠されていた秘められた計画が、今や明らかにされたと言います。豪雨災害や地震、日々の悲しい出来事を思う時、私たちは「神さまはなぜこんなことを」と思うものです。その問いに答えが与えられることは、ほとんどありません。当時の人々も同じでした。神は私たちに興味関心もないのではないか、と揺らぎながら歩んできた。けれどもイエス・キリストによって、そうではなかったと示されたのです。御自分の子をささげられるほどに、神殿という箱から飛び出されるほどに、神は私たちを愛しておられた。しかもそれは、ユダヤ人だけでなく、異邦人を含むすべての人に向けられた希望でした。

 注目したいのは、あなたがたの内に、わたしの内に、という言葉です。答えも神も、遠くの重要な場所におられるのではありません。内村鑑三も言いました。真理を得るために世界を巡る必要はない、私の家で、書斎で、私の魂の内に探すのだ、と。