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御経日(毎月1日) 住職法話 『臨終用心抄㉙』

2026.10.02 13:15

令和8年8月度 お経日 拝読御指南

『臨終用心抄 二十九』(総本山第二十六世日寛上人が臨終の大事とその心得えを御指南された書)

日蓮大聖人の御教示から、臨終の心得を拝する。


【本文】

後日。

一、上野殿御書三十三(十)に云わく「日蓮が法門だに僻事(ひがごと)に候はば、よも臨終には正念に住し候はじ」〔1229〕文。

一、顕立正意(けんりゅうしょうい)抄三十三(二十八)に云わく「信心弱きは臨終に悪相現れん。其の時日蓮ばし恨みさせ給ふな」〔751〕。

一、治病抄二十八(終)に云わく「観念既に勝る故に乃至殆ど御臨終の時まで御心得あるべく候」〔1239〕。


【現代語訳】

 後日に記す。『上野殿御返事』に「もし日蓮の説いた法門が間違っていたならば、よもや臨終に正念に住してお題目を唱えることはできなかったであろう」(御書1229㌻取意)とある。『顕立正意抄(けんりゅうしょういしょう)』に「日蓮の弟子のなかに信心が薄く浅い者は、臨終の時に阿鼻地獄の相が現れるであろう。その時になって私を恨んではならない」(同751㌻取意)とある。『治病大小権実違目』には、「(一念三千の観法において天台・伝教の時よりも)日蓮のほうが勝るため、天と地ほどの相違があると、御臨終の時は心得られるべきである」(同一二三九頁取意)とある。


【御指南を拝して】

 今回は「日蓮大聖人の御教示から、臨終の心得を拝する」を拝しました。『上野殿御返事』の御妙判では、もし大聖人様の教えが間違っていたならば、その教え通りにお題目を唱えていないだろう、と仰せられ、『顕立正意抄』の御妙判では、大聖人様の教えを正直に拝せず、励行できない者は、臨終の時に地獄へ堕ちる相が現れる、と仰せられ、『治病大小権実違目』の御妙判では、大聖人様の教えは、正法・像法時代の法華経の行者であった天台大師や伝教大師よりも、末法時代に適した教えであり、この大事を臨終に臨むに当たって心得ておくことが大事である、と仰せられています。大聖人様は「軽毀する人は頭七分に破れ、信ずる者は福を安明に積まん」と大聖人様の教えを疑う者は、法華経『陀羅尼品』に「若悩乱者頭破七分(若し悩乱する者は頭七分に破る)」と説かれる如く、悩乱し地獄へ堕ちるとお示しになられ、一方正直に信ずる者は「有供養者福過十号(供養する有らん者は福十号に過ぐ)」と、多くの功徳を得ることができるとお示しになられています。

 我々は、今までの大聖人様・御歴代御法主上人猊下様が説かれた数々の御指南を疑わず信じ切り、そして臨終の際には、その仰せのままを行ぜられるよう、常に心掛けておくことが大事です。また、この大事を自分自身の中に留め置くのではなく、家族や友人・知人に伝え、その方達にも臨終の際には努められる様に励むことも大事です。

以上