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9月27日 主日礼拝

2026.10.05 08:08

9月27日 主日礼拝

礼拝説教

伊藤大輔牧師


ローマの信徒への手紙 1章1~7節

ローマの教会にあてた手紙

パウロは「イエス・キリスト」だけを語る、という。

ただ一つだけを語る。

一神教。

一神教とは何か。

ホメロスの作品に出てくるギリシャ神話。

多神教。

どこにでも神はいる。

そこではすべてが神の意図、支配の中に置かれている。

自然にも、人の中にも神はいる。

すべては神の意志に従うこと。

一神教。

私の中に神はいない。

神と私が切り離されたものが一神教。

イエスはゲッセマネの園で神に祈る。

「苦き盃を取り去り給え。」

十字架での最後の言葉。

「何故、私をお見捨てになったのか。」

一神教。

神と私。

神と私が対峙するのが一神教。

相手と向き合うこと、問いかけること、そこでは「私」が顕在化してくる。

ホメロスの時代からパウロの時代、何が変わったのか。

「私」主体が確立している。

私とは何か。

あなたは地の塩、世の光。

神が与えた「私」にしかできない賜物がある。

私だけの私。

これを見つけ、磨くのが私が「私」で在り続けること。

ゴリアテに平然と挑んだ少年ダビデ。

人からの言葉を聞き流すかのように自分のすることを行い続けたクレタ島でのパウロ。

「地の塩、世の光」を告げたイエス。

自分を生きている。

一神教。

自分以外のところに自分を持って行かない。

神に甘えない。

信じる。

自分以外のところに起点があるものではない。

根拠、理由の言語化ができずとも確かな思いで行うもの。

「私」の確立。

一神教が生み出したもの。

イエス・キリスト以外のことは語らない。

パウロが紡ぎだす一神教の世界、ローマの信徒への手紙をこれから読んでいく。