クソ野郎のジャワ島横断記⑪ 密林に眠る 2019.03.23 05:25 ジョグジャカルタ2日目。朝食付きとのことで、食堂へ向かった。 ゲストハウスとは思えないような綺麗な食堂で木目の床とテーブルが輝いている。客は全くいない。昨夜、遅くに欧米人家族の姿は見ていたがまだ寝ているのかもしれない。隅のテーブルにパンと果物、それにコーヒーが置いてある。自由に取って食べていいらしい。 ここは気温の高さの割には湿度が少ないため、朝陽が日本の冬のように強くはっきりと光線を放って降り注いでいる。昨夜とは打って変わって、外の通りは通勤のためなのだろう、バイクや人が行き交っていた。 今日は、世界三大仏教遺跡でもある世界遺産ボルブドゥール遺跡へ向かう。4年前にここジャワ島へ来た時は、ツアーまかせだった。けれども今日は地元乗り合いバスで向かう。 行き方は調べては来たが、さてどうだろうか。 支度をし、昨夜降りたバス停へと歩く。道路はバイクが通るたびに土埃を巻き上げていくがもはや気にならない。路地へ入ると、昨夜は真っ暗で分からなかったが、日本の下町と似たような庶民的な通りだった。家の前をほうきで掃いているおばさんに挨拶をするとちゃんと返してくれて嬉しい。 15分ほどのんびり歩くと循環バス「トランス・ジョグジャ」のバス停。係りの女性に料金3000ルピア(約30円)を払う。 すぐにバスがやってきたので乗り込む。今度はバス内の係員に「ギワンガン」と伝える。 ここジョグジャカルタからボルブドゥールまではギワンガンバスターミナルから地方へ出ている乗り合いバスに乗って行けるとのガイドブックやネットの情報があった。 しかし。 ギワンガンバスターミナルで降りて、係員にボルブドゥール行きのバスを聞くと、ここからは出ていないと言う。 「ジョンボール、ジョンボール」 彼はそう叫んでいた。ジョンボール? 忙しそうにはしていたが、メモをちぎって行き方を書いてくれたようだ。 「ナンバーナイン、ナイン!」 今度はそう連呼した。 そういえば、ジョグジャカルタにはもうひとつジョンボールバスターミナルというのがあったのを思い出した。ここ、ギワンガンは南の外れ。ジョンボールは北の外れ。どうやら9路線のバスでジョンボールターミナルまで行け、ということらしい。うーん、現地のバスの運行が変わってしまったのかもしれない。焦ってしまったが、もう仕方ない。言う通りに向かおう。数分後には9路線のバスが来て乗り込む。 グーグルで位置を確認するが。30〜40分はかかるようだ。 その間、車窓を流れる景色を眺めたりバスに乗り込んでくる乗客を観察したりして過ごした。 なんとかジョンボールターミナルに到着してバスを降りる。その瞬間にはもうオレは係員に呼ばれていた。 「ボルブドゥール! ボルブドゥール! 」 外国人は必ずここへ行くと思ってくれているのだろう。係員が腕をブンブン振るその慌てぶりからしてじきに出発なのかもしれない、オレは指さされたオンボロバスへと駆けた。中に入ると、まだ席は半分くらいしか埋まっていない。それも後方のみ。オレは、景色を見るために運転席の真後ろの席へ腰を下ろした。数分もすると、また別のバスから欧米人が何人もやって来て周囲の席を埋めていった。 バスが発車すると、そのオンボロさが際立って分かった。走行距離で言えば200万キロくらい走ってるんじゃないだろうか。窓こそちゃんと付いているが乗車口のドアはなく開け放たれている。エアコンなどもちろんなく、天井に扇風機があるものの回ってはいない。その代わりなのか、頭上に通気口のような物がその口を開いていた。 走り出してしばらくして思ったが、暑い。そして水分がほとんどない。昨夜買ったペットボトルがあと半分だけだ。あまりにも乗り継ぎがうまくできていたので、待ち時間がなく、売店に寄ることができなかった。1時間くらいとのことだが我慢するしかなかった。 その暑さに耐え、1時間の乗り合いバスに揺られ、ボルブドゥールのバス停へと到着。 土の地面に丸太を突き刺し、トタン屋根をかぶせた作っただけの売店が立ち並んでいた。そこがまるで住処かのように、ぞろぞろと客引きたちが出てきてはバスから降りる外国人に押し寄せた。 ボルブドゥール遺跡まではバス停から1.5キロほどあるため、バイクタクシーの客引きなのだ。オレのところにも当然、色黒の男たちが数人きたが、その程度は歩いていけるとオレは断り続けた。しかし実際、正午を前にした太陽の下を歩くと暑い。一気に汗が吹き出してくる。オレは15メートルほどで歩くのを断念し、結局バイタクを雇った。僅か150円ほどだったが、彼らにとっては良い稼ぎだ。 カンボジアのアンコール遺跡群やミャンマーのバガン遺跡の混沌とは違い、ここボルブドゥール遺跡はある種テーマパークのように整備され、駐車場があり、チケット販売所が近代的になっている。お決まりの、高価な外国人料金を払い、敷地内へと入った。 見覚えのある遺跡へ続く通路を目の前にし、数年前に来た時の感情がわずかに脳裏をよぎった。 あの時、日本から逃げ出すようにしてここへ来た。ハーパン、それにタンクトップ。その上に高校の時に買って以来ほとんど着ていなかった紫色の柄のあるシャツを羽織って。 考え、そして答えを出さなければいけないことが山積みで呼吸困難に陥り、溺れてしまいそうだった。そんな時、雑誌でこのボルブドゥールを初めて目にし、そのスケールの大きさやエキゾチックな外観に魅了されたのだった。 徐々に、巨大な生き物かのように視界の中で蠢く遺跡がその姿を見せてくる。一歩ずつ階段を上り、最上段の、ストゥーパ(仏塔)が立ち並ぶ場所へと向かう。ここに立って景色の中に過去を眺めることは、自分の過去を浄化させていく作業のようだった。劇場の主役にでもなったかのような、その舞台の責任感と孤立感に身体が震えるような感覚を覚える。周囲には密林が広がり、この遺跡が千年もの間、人々から忘れ去られ朽ち果て、眠っていたことを物語っている。 人の記憶とは、いかにも密林に眠る遺跡のようだと、オレはそこへ思いを放った。忘れ去られようと、朽ち果てようと、確かにそこに存在した。そんな記憶が呼び起こされては消えていく時間にしばらく身を任せた。