沙流
こんばんは。
暮らし、味わう。
民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。
10月6日のことですが、大阪日本民芸館の秋季特別展「芹澤銈介と萌木会の作家たち」を観た後、国立民族学博物館(みんぱく)で開催している令和8年度アイヌ工芸品展「沙流川に生きる-サルンクルの近代-」を観に行ってきました。前情報なく、アイヌの工芸や文化を観たい、知りたいぐらいの気持ちで行ってしまったら、その内容に打ちのめされる感覚がありました。後で考えるとタイトルに「生きる」とありますもんね。小倉ヒラクさんとのトークイベントについて「暮らす」から「生きる」へとかって自分で言ってたのに。
もちろん工芸品も展示されているのですが、それ以上に多くの写真と解説から構成されいて、神話の時代から始まり歴史をたどっていきます。民藝館の展示はご存知のように直観的にモノを観るため、最低限の情報しか提示されていないので、その落差も打ちのめされる感覚につながったのかもしれません。
この展示では、モノを「集めた側」ではなく、「集められた側」へのまなざしを大切にしています。そのモノを作り、使った人びと、その社会的状況や背景を伝え、モノを観るというよりヒトを観るといった様相。冒頭『人をつなぎ、視点を「集められた側」に戻す』という文中の『残されたモノから「集められた側」にいた人びとの姿を立ち上げられることは、どのような手続きで可能になるだろうか。』と投げかけます。
その手続きの一つが今展で多用される「写真」だと思いますが、例えば言語学者の金田一京助らとアイヌの人との集合写真について、(アイヌの人一人ひとりに思いを馳せないようでは)「モノを標本として扱い、固有名詞の和人を中心として、匿名のアイヌを対象物であるかのように扱うまなざしを再生産されることになってしまう。」と警鐘を鳴らします。
展示を見進める中で、書かれていたこの言葉も同様かと思います。
『一人ひとりの生身の人間としてのアイヌのあゆみと重ねる視野を欠落したままにすれば、博物館展示とその鑑賞は、この衣服を再び人類学的研究の「標本」としての位置に逆戻りさせてしまうことになる』
写真がどのような状況で撮られたのか?撮られた人はどんな感情だったのか?写真のあとどういう経緯でその衣服が蒐集されることになったのか?
思えば、民藝、所謂「古」民藝では、「集められた側」=そのモノを作った人、使った人(過去)は民藝などという意識は勿論なく、モノや文脈が切り離され、「集めた側」により見出された「民藝」という美意識や付加価値とともに、新しい文脈で今の暮らしに接続します。
テマヒマで扱わせて頂いている民藝(という言葉に囚われてはいけませんが)。仮に「今」民藝と呼ぶとして、買い付けに行ったり注文したりして「集める側」の「配り手」は、「集められる側」であるそれを作った「作り手」のこと、状況や背景を知っているわけで、それを「使い手」に伝え、繋ぐ役割が求められると思うのです。
民藝と民俗学、民族学の違いはあるかもしれませんが、色々と考えさせられる展示会でした。先述の大阪日本民芸館の「芹澤銈介と萌木会の作家たち」展も、みんぱくの「沙流川に生きる-サルンクルの近代-」展も12月15日までです。
ランチのご予約が〇(ゼロ)でどうなることか?と思いましたが、開店から閉店直前までお客様が途切れることなくお越し頂きました皆様ありがとうございました。
明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチのご予約はお一組のみですのでご予約無しでもお席ご案内出来るかと思います。
それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。
今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。おやすみなさい。