少欲知足
人は煩悩に悩まされる存在。欲望には限りなし。
1 はじめに
正義の仮面を被った「都合の良し悪し」。人の本性は、ただの欲望の塊(かたまり)。
「もっと、もっと」という「際限のない苦しみ」こそが真実の姿。
「少欲知足」は、仏教の重要な教えです。
人としての道は、正義(きまりやルールに反しない事)ではありません。道徳的に正しいのか、人として正しいのかは、正義「都合の良し悪し」ではなく「人道」なのです。
2 少欲知足
(1)出典
大般若涅槃経。
(2)意味
わずかな欲望で、十分に満ち足りていること。
少ないものでも多くを求めず節操し、有るもので満足してそれ以上を望まず、満足すること。
(3)解釈
「貪欲が様々な苦しみを生み出す根本原因」なのが人間の本質。
お釈迦様の最期の遺言として「少欲知足」(欲望に従う生き方をコントロールする智恵)が説かれました。
3 人道(人の道)
人道とは、仮面を被った正義(都合の良し悪し)ではない。人として正しい道を言います。
法律規則でも社会の正しいルールでもない。人間の良心や思いやり、道徳心に基づいた正しい生き方や行いを言います。
世の中、いくら技術や人工知能が発達しても、論理的思考で都合のいい正義を振りかざしては争いが続く。
人の思考は元より、人工知能でも誤謬を完全に無謬にはできない。
何度でも言うが「論理的思考が人を追い詰める」。
論理的思考には必ず誤謬が生じ、無謬のルールなどは存在しない。
正義を振りかざして殺戮が正当化される。
一見正しそうに見えて妥当性を欠く。
それが論理的な思考の落とし穴、誤謬である。
正義でも法律でもルールでもない。
人としての良心や思いやりに基づいた思考が、唯一平和をもたらす と私は考えています。
4 論理的思考と誤謬(ごびゅう)
「風が吹けば桶屋が儲かる?」
論理的思考には、「誤謬」という落とし穴が存在する。
(誤謬とは)
思考や推論の過程における
「論理的な誤り(ミス)」のこと。
一見すると正しそうに見えて、
実際には妥当性を欠いていること。
単なる「うっかりミス」ではなく、
〇 論理的な矛盾や誤り
〇 思考のプロセス(推論)の誤り
誤謬には無数のパターンが存在し、決して無謬にすることはできない。
そもそも人は、単純なエラーや論理的思考の誤謬以外に、詭弁・錯誤・虚偽などの悪心で都合のいいルールを作り、欲求を達成しようとする悪賢い面をもっている。
そもそも、幾ら沢山の法律を作っても意味がない。
大事なのは、人道主義(人としての正しい道)。
人道とは、人としての良心、思いやり、正しい道徳心が本質である。
5 おわりに
今回は、欲望という「煩悩」に縛られがちな生き方に対して、お釈迦様の最後の箴言「少欲知足」を、当庵の言霊として選んでみました。
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