2019年3月HSPセルフケアmini勉強会振り返り
名古屋、京都でHSPセルフケアmini勉強会を開催しました。
各地でHSP関連のイベントも多くなっているせいか人数を集めるということは難しくなっていますが、そんな数ある中でもお越しいただいて本当に感謝カンゲキ雨嵐です(^^)
私は今のところ肩書きを持ちません。
また毒親家庭のサバイバーでもなければ、たくさんのフォロワーがいる人気ブロガーでもない平凡な人です。
唯一頑張って来たのは、自分という感覚に向き合ってきたことくらいです。
今回、そんな私のブログを読んで一番自分の考えに近いからと選んでくださった方にお越しいただいてとても温かい気持ちになりました。
さて、今月2回の勉強会の印象に残ったことを書きたいと思います。
HSPのセルフチェックリストがまさに自分のトリセツみたいに感じた方が集まるのですが、実際にはどういう方に役に立つのかと考えてみたのです。
HSPという考え方に出合った経緯を伺うと「生きづらさ」を感じた時に調べたという方が9割。
生きづらさを抱える人にとっては「救い」になっているということが分かります。
よく分からない自分の特性に名前が付いたことによって扱いやすくなったり、参加者の方が仰っていたのですが「存在してて良いよと言われたようだった」と肩身の狭いような心細い気持ちに光が射したように感じた方もいます。
ただ、よーく考えてみると、自分を知るスタートラインに立ったかも知れないけど、その後どうするかは本人次第。
自分はHSP。「で?」なわけです。
HSPだから繊細で敏感だから周りの人に気を遣って欲しいわけではないはず。
非HSPから嫌な目に遭わされ続けた被害者と考えても誰も幸せにはなれない。
またはスピリチュアルな内容のものに見かけるのですが、HSPは高次な存在だとか、特別な存在、才能だとか選民意識も違うと私は思います。
"カテゴリー分けも離れて単なる一人の人でありたい"と参加してくださった方の言葉がとても印象に残っています。
結局は自分で決めるしかないのですが、辛い状況に置かれている方が自分自身を肯定的に捉え自然体で生きていくためのものになっていくと良いなと思っています。
言葉にすると薄っぺらく感じますが。
あとは、
「勝負」「計算」「目標」「スピード」「効率」「順位」とかはあまり興味の無い事柄で、なのに社会からはそれがいかにも良いことのように勧められるけど、気持ちが付いていかないこと。
私のために言ってくれてるのは分かるけど、成功哲学は聞くだけで疲れてしまうのはすごく分かります。
実行出来ない自分が申し訳なくなります。
そういう自分を責めてしまうことも。
カメレオンのように相手の色に合わせることも得意なんですが、自分自身の価値観を見失いやすく、自分軸でいることが難しく無理してしまい疲れやすい。
そばに誰かがいれば相手の価値観が流れ込んできてしまうので、自分の価値観を取り戻すには一人になるしか無いようにも思えてしまったり。
面倒なことばかりにも感じますが、視点が細やかで内面を充実させるには向いていると本当に思います。
皆さんの言葉が深くて心に沁みます。
ぜひそのままで、お互いゆっくり進んでいけたらなと思いました。
お読みいただきありがとうございます。