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Araki Lab in Nara

傷ついた網膜を再生する事は可能か?

2019.03.31 01:10

-両生類に学ぶ網膜を再生する仕組み-


両生類網膜再生研究の契機

 有尾両生類イモリは、非常に強い器官再生能をもつ動物としてよく知られており、中でも水晶体の再生研究は、発生学研究において、学術的に重要な成果を生み出してきた。荒木が大学院で学んだ岡田研究室では、1974年当時、助教授の江口吾朗さんがこの問題に精力的に取り組んでいた。江口さんは戦後の名古屋大学で佐藤忠男さんの元で学び、その佐藤は戦前のドイツ留学で長らくシュペーマンの元でレンズ再生の研究をおこなった。一方、岡田さんらは、イモリのレンズ再生をニワトリ胚でも再現できないかと、培養したトリ胚の色素上皮細胞がレンズ細胞に分化する現象に取り組んでいた。クローン培養によって、トリ胚色素上皮細胞がレンズ細胞に分化することを証明し、これを分化転換現象transdifferentiationと名づけた。

 その頃、荒木が取り組んだテーマは、初期トリ胚の網膜が培養下で色素上皮とレンズ細胞に分化することを分子的に調べることであった。トリ胚における分化転換や異分化現象はいずれも細胞培養下での現象である。荒木は、培養細胞の研究に惹かれながらも、イモリレンズ再生のように、実際に動物の体の中で起こる現象に強く興味を感じていた。

 1998年に奈良女子大で新しく研究室を立ち上げることになった時、大学院の頃から頭から離れなかったイモリの再生現象を解析することにした。これに先立つ1988年にカナダのグループがトリ初期胚の眼球内で網膜色素上皮から網膜が再生することを報告しており、この時、FGF2が再生を誘導することが示された。荒木は、この現象に強く惹かれ、自治医大在職時の1992年、トロントからバンクーバーのUniversity of British Columbiaへ移ったCarol Parkの研究室に滞在し、実験をおこなった(ここは、1983年〜1984年、Kinsmen Institute of Neurological Scienceで神経科学の研究をおこなった場所でもある)。さらに、京都府立医科大学へ移動後は、前述のウズラSilver変異の解析を通して、色素上皮→網膜転換の現象を対象に研究をおこなった。

 以上のような荒木個人の研究史を背景に、奈良女では、あらためてイモリの網膜再生に着手することにした。やはり、成熟した動物個体の中でおこる再生現象に強い興味をもった。当時、すでに国内では筑波大学と大阪大学のグループがイモリ網膜再生の研究をかなり進めており、はたして、彼らとは違う色が出せるのか、不安もあった。当面は、現象の理解が必要であり、面倒でも形態学をしっかりやっておこうと考えて網膜再生過程の詳細な観察を心がけた。研究室1期生の池上陽子は、名古屋大学岡本光正さんの元で必要な手技を学び、イモリの網膜除去の外科手術に習熟し、多数の個体で顕微鏡標本を作製して、再生を確認した。再生過程の光顕標本を観察しているととても面白く、なぜこんなふうに再生するのだろうか、いろいろな問題が次から次へと頭をよぎった。当時の岡本さんは、イモリのレンズ再生に熱心に取り組んでいた。

 このようにして奈良女でスタートした網膜再生研究であるが、他の先行グループとは如何に違う色をだすか、これがもっとも大きな課題であった。


イモリの色素上皮器官培養をつくる

 当時、両生類の細胞培養はかなりむずかしいと言われていた。実際にそのような試みはあったが、網膜再生を再現できたと言えるような培養実験系はまだ確立していなかった。そんな中、本研究室では、池上が、黒い色素上皮細胞が安定して神経細胞に分化する培養法の開発に取り組んだ。これが今も本研究室で使われているミリカップ組織培養である。組織をばらばらの細胞に単離せず、色素上皮シートと脈絡膜をつけたまま培養する方法である。ごく簡単な方法であるが、これによって、色素上皮細胞が神経細胞に分化する全過程を連続的に調べることができるようになった。培養下でイモリの網膜再生をきちんと再現できた最初の報告として、2002年Journal of Neurobiology誌に掲載された。2期生の柴本佳緒里は培養法の改良に取り組んだ。

 続いて、この器官培養を用いて、さまざまな解析をおこなった。特に、3期生の満田早苗や4期生の奥知美が関わったのは、イモリの色素上皮から神経細胞の分化(転換)に、FGFが関わっているかどうかという問題であった。色素上皮を結合組織から分離して培養し、FGF2の関与を明らかにした。この他、FGF2に対する応答能が培養経過にともない失われることが明らかになった。これらの結果は、色素上皮細胞の動的な姿を理解する上で非常に重要な結果であり、成果は2005年Developmental Biology誌に発表された。

 

成体のアフリカツメガエルで網膜が再生することを発見

 器官培養でイモリ網膜再生を解析したことで、本研究室は他の研究室にはないオリジナルな系をもつことになった。さらに研究を進めるには、再生の引き金となる分子FGF2に注目し、これが色素上皮細胞に何を指示するのか、をより詳細に調べる必要がある。この時、1つユニークな展開を思いついた。それは、網膜再生が確実におこる動物イモリと再生しない動物カエルを比較することである。その比較によって、再生には何が必要なのかをより明確にできる。そこで、同じ両生類でも、変態後には網膜再生がおこらないとされていたアフリカツメガエルを用いた。器官培養という全く同じ条件でこの2つの両生類を比較すれば、分子的な解析も十分可能である。この問題に積極的に取り組んだのが、5期生の吉井千夏である。ツメガエルは両生類のモデル生物でもある。

 不思議なことに、アフリカツメガエルの色素上皮からも神経細胞が分化した。つまり、器官培養という条件では、イモリもカエルも同じように再生することになる。これは意外な結果であると同時に、1つの新しい可能性が考えられた。すなわち、カエルでは、成体の目の中では再生しないが、培養環境では再生する可能性である。もう一つは、これまでの定説が間違っており、実は成体のアフリカツメガエルでも再生するという見方である。そこで、吉井は、優れたオペの腕を発揮して、カエルの網膜除去手術を多数実施し、丹念に組織切片を作成して詳細に検討した。その結果、色素上皮細胞は、元の位置から硝子体に残置された血管膜へ移動し、そこで再度上皮形成し、次に網膜組織へ分化することなどが明らかになった。

 この発見にはいくつか重要な意味がある。なかでも、定説を覆したこと、種の壁を超えたことである。イモリだけが網膜完全再生する動物ではないこと、ツメガエルという両生類のモデル動物が再生研究に利用できる。このように種の壁を越えることによって、今後はさらに両生類を超えて、例えば哺乳類でも再生が可能かもしれないという夢を持たせてくれるのではないだろうか。この結果は、原著論文として2007年Developmental Biology誌に掲載された。研究室の論文の中で非常に被引用数の高い論文である。


アフリカツメガエルの器官培養系で再生過程を解析する

 イモリで研究するか、アフリカツメガエルで研究するか、なかなか判断が難しかった。しかし、他の先行グループがイモリを対象にしていることや、アフリカツメガエルの網膜再生は新しい発見であり、ある程度有利さを保てるとの判断からアフリカツメガエルで研究を続けることにした。結果的にはこれが良かったと思う。

 しかし、なかなかことは思うようには進まない。しばらくは、イモリとカエルの間を行ったり来たり、と言う状態であった。6期生の菊川智代は、イモリ網膜再生にはFGF2だけでなく、IGF1を加えることにより促進効果があることに注目し、これらの増殖因子が由来すると考えられる脈絡膜の働きを調べた。さらに、IGF1の脳内分布について調べた。また、7期生の中村曜子は両種の比較を詳細におこなった。さらに、8期生の吉川仁恵はイモリFGF2に対する特異抗体を使って、FGF2が確かに脈絡膜に由来することを確認した。この抗体がカエルには使えないのが残念であったが、培養と目の組織の研究によって、FGF2が実際に再生因子である事が強く示された。

 さらに、アフリカツメガエルで本格的に、網膜再生メカニズムの解析を進めた。それにはやはり培養系だ、と考え、特に色素上皮細胞が分化転換して網膜神経細胞に分化する過程(分化転換)に注目して研究を進めた(もう一つの再生起源細胞である毛様体の細胞に関しては未だに解析に至っていない)。培養に関しては、2つの系を開発した。このテーマには、7期生の栗山英子、10期生の西林知里らが取り組んだ。1つはこれまでのミリカップ膜上に組織を置いて培養する方法、これは細胞の変化を顕微鏡下で連続して追跡が可能である。もう一つの方法は、この組織の上からゲル(マトリゲル)をかけ、包み込んで培養する方法。この方法では、色素上皮が網膜組織そのものを構築・再生することが可能であり、ほぼ目の中の再生を再現しているとも言える。ただ、ゲル内部の変化であるので、切片を切ることによってのみ現象の把握が可能である。これらの培養系を用い、さらに方法に改良を加えながら、それぞれ独自の方向へ展開した。これらの研究は、原著論文として報告され、その後の研究の基礎となった。

 培養に関しては、さらに新しい系づくりを試みた。これまでの培養はいずれも色素上皮細胞が神経分化する系である。逆に、色素上皮としての性質を保ち続け、神経分化しない系があれば、分化誘導環境の解析に応用できる。この取り組みは17期生の西野なつ美が実施し、通常のプラスチック培養プレートで培養すると、ほとんど神経分化がおこらない、また色素上皮細胞は上皮性をいつまでも維持することなどが明らかになった。この問題は後述の細胞接着と遺伝子発現の問題ともつながる。


トランスジェニックツメカエルの開発

 培養手法を開発するとともに、カエルの遺伝子導入個体(トランスジェニック動物)の作成に取り組んだ。これには、修士修了後に大阪大学近藤研で手法を学んだ上田陽子(旧姓池上)が、技術支援員として復帰し、大いにその腕を見せてくれた。その結果、EF1a promoterにEGFP遺伝子をつなぐことにより遺伝子発現を直接可視化できるアフリカツメガエルのF1およびF2世代を作成することができた。アフリカツメガエルの世代交代は長い時間がかかる(年単位!)ので、何とも気の長い仕事になったが、これにより両生類網膜再生に初めてトランスジェニック技術が応用されたことになる。さらに、10期生の鍋島彩佳は、Rax promoterにEGFP遺伝子をつないだ個体を作成し、網膜再生に重要な鍵となる遺伝子Raxがどのような細胞環境で発現するのか、とくに細胞—基質間、および細胞—細胞間相互作用に注目して研究を進めた。これらの研究によって、どのような環境変化をきっかけにして色素上皮細胞が分化転換過程に入るのか、次第に明らかになってきた。これらの研究成果は、原著論文としてGenesisに報告された。

 たまたま旧知の名古屋大学尾張部克志さんがイモリ網膜のモノクローナル抗体を作成していると知り、それが再生に使えないか、を調べることにした。これは、11期生の護城明子と13期生の前島弘奈が取り組み、網膜除去後急速に抗体反応性が上昇するモノクローナル抗体を捕まえた。残念ながらその抗原性を明らかにするまでには至ってないが、そのサイズからPax6のサブタイプかもしれないと考えている。


再生の分子機構の提案

 先述の培養モデルの研究から、いくつかの再生モデルと言うべきアイデアが出された。それは、目の中の再生過程と器官培養の結果を比較検討する事により生まれたものである。目の中では、網膜を外科的に除去すると、色素上皮細胞は血管膜に移動し、そこで上皮を再形成する。この上皮組織は次第に神経上皮へと変わり、網膜が再生する。つまり、色素上皮細胞は、移動→上皮再形成→神経上皮形成というステップを経る。ミリカップ上での色素上皮細胞の振る舞いも、ある意味このステップを再現しているとも言える。つまり、培養片をミリカップ上に置くと、色素上皮細胞は培養片の周辺部から這いだし(移動し)、移動後上皮を再形成する。さらにその先で、上皮細胞間接着を失い、ばらばらになって神経細胞に分化する。この一連の過程を、上皮間の接着構造と網膜発生に必須の遺伝子発現を調べることによって、再生過程における細胞間コミュニケーションと再生遺伝子発現の問題として捉えようとしたのが、博士課程に復帰した上田陽子である。上田は同一の培養標本で、いくつものマーカーを同時に検出することにより、これらの対応関係を鮮やかに解明した。また、このような現象が実際に目の中の再生過程でも見られるのかどうかを、13期生の藤田悠里は詳細に観察した。培養での解析には、15期生の勅使河原利香も取り組み、ツメガエル2種(後述のネッタイツメガエル)の比較検討をおこなった。現時点では、細胞間連絡と分化転換の因果関係を問うことはまだむずかしいが、これらの成果は、再生ステップの細胞機構の問題に深く切り込んだ研究である。今後はこの因果関係を解明することが大きな問題として残されており、これによって再生の問題が格段にクリアになると思う。

 色素上皮細胞が分化転換し網膜細胞に分化する過程では、当然エピジェネティックな調節が予想される。いつどのような調節があるのか、これを知ることは再生ステップをより詳細に知るために重要であろう。卒研14期生の奧原絵菜は、この問題を奈良先端大の荻野ラボで研究した。特に、須藤則広さんには丁寧にご指導いただいた。

 もう一つの攻めるポイントは、再生開始のトリガーに焦点を絞ることである。つまり、網膜を外科的に除去すると網膜再生が開始する(色素上皮細胞が移動を始める)が、網膜を除かない限り、このような細胞の移動・再生は決しておこらない。網膜除去という操作がなぜ再生のトリガーになるのか、という問題である。この問題は、14期生の内藤華子が熱心に取り組んだ。培養での研究がヒントになり、作業仮説として次のように考えた。まず、外科手術によって網膜を除去すると、炎症性反応が脈絡膜内でおこり(脈絡膜は非常に血管の豊富な組織であるため)、その結果protease が活性化し、色素上皮細胞が基底膜から遊離する、と予想した。そこで、まず基質を分解する酵素群MMP (Matrix metalloproteinases)の発現が外科操作に伴いどのように変化するかをqPCRで調べたところ、24時間以内に極めて高いレベルに達することがわかった。培養下でも移動開始の細胞でMMPのmRNAが高いレベルになる事、またMMP活性を阻害すると、移動がおこらず神経細胞分化もおこらないことなどが明らかになった。はたして炎症によってMMPの発現が誘導されるのかどうか、現在17期生の菅沼佑香里が抗炎症剤を用いて調べているところである。なお、MMPのPCRによる解析や細胞内局在の検出に関して、京都大学再生医学研究所の瀨原淳子さんのラボにご厄介になった。特に、佐藤貴彦さんにはたいへんお世話になた。


新しいツメガエル再生モデル(ネッタイツメガエル)の開発

 近年、ネッタイツメガエルが両生類の新しい実験モデルとして注目されている。アフリカツメガエルとは近縁でありながら、いくつもの利点をもち、最近では全ゲノム解読もされた。世代交代が早く、また二倍体であるため厳密な遺伝学が可能である。私たちは、将来の遺伝子導入個体の作成も視野に入れて、ネッタイツメガエルでも網膜が再生するのかどうかを確認しようとした。再生しなければ、研究の対象とはならないが、逆に、なぜ再生しないのかと問うことにも意味がある。このテーマには、12期生の三宅あゆ美が熱心に取り組んだ。これまで同様、網膜を全て除去したところ、やはりきれいな網膜再生が観察された。ところが、目の中の再生、器官培養での再生、いずれもアフリカツメガエルとは異なる、興味深い結果が得られた。再生の起源となるのは色素上皮ではなく、毛様体辺縁部の幹細胞である。この細胞群が急速に増殖し、新しい増殖帯を形成して網膜を分化する。培養下でも調べたが、目の中と同様に、色素上皮は神経細胞には分化しない。この観察の意味は大きい。なぜなら、哺乳類を含めほぼすべての動物の毛様体には幹細胞があると考えられる。従って、毛様体組織の幹細胞を何らかの方法で活性化させることにより哺乳類で再生誘導することももあながち夢だとは言い切れない。

 ネッタイツメガエルでは、アフリカツメガエルで観察された、色素上皮細胞の移動→上皮再形成→神経上皮形成というステップを経ず、上皮再形成がおこらない。これら2種の詳細な比較研究は、上田および勅使河原によって検討されている。

 なお、これまで色素上皮細胞の分化転換過程を重点的に解析してきたが、もう一つの再生起源細胞である毛様体辺縁部の幹細胞については、16期生の鈴木絢診が研究をおこなった。これには今後の問題として、例えば培養下での解析等が必要であると思う。